「試飲600種の伝説」を持つ百貨店は、日本酒も熱かった。日本最大級・阪神梅田本店「リカーワールド」の実力
2025年12月。万博が閉幕し、落ち着きを取り戻した大阪・梅田。
しかしここの地下には、世間の喧騒やインバウンド(訪日外国人)の増減などどこ吹く風で、連日地元の人々で賑わう場所があります。
――阪神梅田本店、地下1階「リカーワールド」。
「関西で美味しいお酒を探すなら、まずはあそこへ」。お酒好きの間で厚い信頼を寄せられるこの場所は、単なる売り場ではありません。
元蔵人であり日本酒ライターである私が、大阪へ行くたびに吸い寄せられてしまう理由。それは圧倒的な「規模」と、そこに込められた「体験へのこだわり」にありました。
売り場100坪超。「日本最大級」の圧倒的スケール
まず、この売り場の「凄み」を数字で見てみましょう。
2022年の大リニューアルで生まれ変わった酒売り場「リカーワールド」は、売り場面積約100坪。百貨店の酒売り場として日本最大級のスケールです。日本酒、ワイン、焼酎、洋酒……世界中の酒が並ぶ様は圧巻の一言。
阪神といえば、長年続く名物催事「阪神大ワイン祭」が有名です。2025年の開催で第56回を迎えました。
600種類以上をフリーテイスティング(試飲)できるこのイベントもまた日本最大級。「味を確かめ、納得して買う」という徹底した現場主義は、日本酒売り場にも受け継がれています。かつて関西で馴染みの薄かった「獺祭」をいち早く広めたのも、この阪神百貨店でした。
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リカーワールド内にある角打ちができる「コミュニティスペース」。
そんな実力派の売り場が、リニューアルで最も力を入れたのが、角打ちができる「コミュニティスペース」。ココこそが、百貨店のあり方を変える「熱源」となっています。
「君ならどうする?」から始まった、若きバイヤーの挑戦
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阪神梅田本店 リカーワールド バイヤー、山口健生さん
この画期的な売り場は、ある若手社員の「妄想」と「情熱」から生まれました。
現在、売り場を牽引するバイヤー、山口健生(やまぐち たけお)さん。2017年に(株)阪急阪神百貨店に入社した30代のリーダーです。
酒売り場に配属されたのは入社2年目の2018年。大規模リニューアル構想の中、当時バイヤーを務めていた先輩と一緒に「まったく新しい酒売り場」を模索する中、山口さんは、紙に自由に“夢の酒売り場”の絵を描きました。
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阪神「大阪梅田駅」やメトロ各線をつなぐ、人通りの多いメイン通路(写真右手がコミュニティスペース、左手が日本酒試飲販売コーナー)。通りがかりの人も「おっ?」と思わず足を止めてしまう、計算された動線になっています。
そのアイデアにあったのが、「購入を強いられず、純粋に酒と出会い、楽しめる角打ち」のような場所。従来の「探す楽しさ」に加え、会社帰りにふらりと立ち寄り「美味しい」と感動して、体験を持ち帰れる場所を作りたい。それが現在の『コミュニティスペース』ができる原点となりました。
阪急阪神グループ内でも、ハレの日の阪急、日常に寄りそう阪神…とカラーが明確です。手頃な阪神百貨店の食品フロアには、晩ご飯の買い出しに毎日通うお客さまもいます。だからこそリカーワールドにも毎日通っても飽きないように、とコミュニティスペースでは、1週間ごとにさまざまなイベントが開催されています。
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2022年8月と2025年3月、コミュニティスペースで開催されたイベント「地域を醸す -岡山・真庭-HACCOS × GREENable お酒と発酵食品のいろいろ」
「試飲」と「体験」は違う。グラスで飲む意味
当初は新人だった山口さんですが、大阪のワイナリー「島之内フジマル醸造所」での体験が意識を変えます。
畑で作業をし、醸造タンクの横で、造り手の情熱を聞きながら飲んだ一杯に衝撃を受けたのです。
「味見の試飲も大切。でも、感動や物語を伝えるにはそれだけじゃ足りない」
良いお酒には適した温度やグラスが必要だ。たとえ有料でも、1杯をじっくり味わえる「体験の場」が要るーー。そう確信した山口さんは、コロナ禍でもオンライン販売やZoomイベントを敢行。MCとして生産者の想いを代弁し続けた経験が、現在の「伝える売り場」の基礎を作っています。
酒は「文化」。オリジナル漆器と震災支援に込めた哲学
山口さんはお酒を単なる嗜好品ではなく、「文化や作り手と触れる接点」として捉えています。その想いが形になったのが、石川県の漆器工房「輪島キリモト」と開発したオリジナル漆器『よろこっぷ』です。
2021年秋から開発し、翌春完成したこの酒器は、日本酒もワインもその他のお酒も楽しめる設計。決して安くはありませんが、「日常で本物の漆器を使い、豊かな時間を過ごしてほしい」という願いが込められています。
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2025年夏におこなわれた一階「食祭テラス」イベント「にっぽん食むすび“輪島の食祭”輪島がいまできること」
この縁は商品開発だけで終わりませんでした。能登半島地震 (2024年1月)震災後、阪神百貨店は1階「食祭テラス」で輪島応援イベントを開催。良い時だけでなく、苦しい時にも産地と共にある。阪神百貨店という組織全体の「人情」が感じられます。
流通の壁も超える熱量。「酒好き」が通いたくなる理由
ここには各ジャンルのプロがいます。コミュニティスペースのイベント構成は、ワイン約40%、日本酒約20%、その他10%以上と、垣根を超えて「美味しいお酒」が提案されています。
実は私自身、2018年から2024年まで兵庫県の酒蔵(山陽盃酒造)で働いていた頃、開発したシードル「ロンロン」を扱ってもらい、毎年イベントに駆けつけていた経験があります。
通常、百貨店は実績のないジャンルには慎重になるもの。しかし彼らは「関西でこんな面白いお酒があるならぜひ!」と、クリスマスの一等地にイベントを組んでくれました。
さらに私がシードル開発に奔走する様子がドキュメンタリー番組『LIFE~夢のカタチ』(ABCテレビ)で特集された際も、放映に合わせて特別なイベントを企画してくれました。いち生産者のためにここまで走ってくれるバイヤーに出会えたことは、造り手として本当に幸せでした。
流通の壁や前例にとらわれず、「現場の熱量」を信じて動く。そんな山口さんたちの姿勢が多くの生産者を惹きつけ、東京でも見られないレアなイベントを実現させているのです。
梅田の地下にある「おかえり」と言ってくれる場所
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取材当日、開催していたコミュニティスペース「ANTELOPE Yasu Mead House」のイベントで、滋賀県産のミード(蜂蜜のお酒)を堪能する筆者
取材中、通りがかりの若いカップルや女性など老若男女が楽しげに足を止める姿が印象的でした。酒だけでなく「カルチャー」も発信されているため、詳しくない人もつい惹きつけられるのです。
実は私、この売り場が好きすぎて、完全なプライベートでも立ち寄ります。以前、父との旅行中にも「どうしても見せたい!」と連れて来てしまったほど(笑)。
かつて営業に行くと、スタッフ皆が「おかえりなさい」と迎えてくれました。そんな「街の酒屋さん」のようなぬくもりが、巨大な百貨店の売り場に息づいています。
山口さんをはじめ、お酒を愛するスタッフたちが守るこの場所。
そして、もし時間があれば、地下2階の「阪神バル横丁」にも足を運んでみてください。名店ひしめく「バルゾーン」があり、昼飲みから夜の宴まで楽しめます。
地下1階で美味しい酒に出会い、地下2階で美食に酔う。そんな「はしご酒」も阪神ならではです。
ぜひ、梅田の地下で最高の一杯に出会ってください。
【取材協力・店舗情報】
阪神梅田本店 リカーワールド
- 住所:大阪府大阪市北区梅田1-13-13 阪神梅田本店 阪神食品館 B1F
- 営業時間:10:00~20:00(阪神梅田本店の営業に準ずる)
- 電話番号:06-6345-1201
- アクセス:
- 大阪メトロ谷町線「東梅田駅」から徒歩約1分
- 大阪メトロ四つ橋線「西梅田駅」から徒歩約3分
- JR「大阪駅」から徒歩約4分
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