EXILE橘ケンチ登壇! 「伝統的酒造り」ユネスコ1周年で語られた日本酒の未来と可能性【現地レポ】

  • 鏡開きをする男女

2025年12月6日(土)、東京・浅草にて、日本の酒文化の現在地と未来を問う重要なイベントが開催されました。2024年12月5日、ユネスコ無形文化遺産に登録された「伝統的酒造り」。その登録1周年を記念し、国税庁が主催するシンポジウムと体験イベントが行われました。
世界に認められた日本の技は、今どのように継承され、新たな価値を生み出そうとしているのか。EXILE 橘ケンチさんをはじめとする豪華ゲストが登壇し、熱気あふれる議論が交わされた会場の様子を、きき酒師であり日本酒ジャーナリストの関友美がレポートします。

「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産登録1周年記念イベント

  • 日時: 2025年12月6日(土)12:00~16:00
  • 場所: 浅草文化観光センター(東京都台東区雷門2丁目18ー9)
  • 主催: 国税庁
  • 共催: 文化庁
  • 協力: 日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会
  • 参加料: 無料

浅草で再確認する、500年のバトン

  • 浅草文化観光センター

会場は、雷門の目の前にある浅草文化観光センター。国内外の観光客で賑わうこの場所で、日本のお酒のルーツに触れるイベントが行われる意義は大きいでしょう。
当日は、英語と中国語の同時通訳端末も導入され、進行されました。これは国税庁が「伝統的酒造り」を日本人への啓蒙にとどまらず、インバウンドや海外へ広く発信していこうとする強い意志の表れと言えます。国際色豊かな浅草という地で、世界にむけたイベントとして幕を開けました。

  • 話を聞くインバウンドの人たち

「伝統的酒造り」とは、杜氏(とうじ)や蔵人(くらびと)が「こうじ菌」を使い、長年の経験と勘に基づいて築き上げてきた技術のこと。その原点は500年以上前に確立されたといわれています。これは日本酒だけでなく、本格焼酎、泡盛、本みりんなどの製造にも共通する、世界に誇るべき「職人の技」です。

  • 登壇する男性

    国税庁 酒類業振興・輸出促進室長 三上悦幸氏

  • 登壇する男性

    文化庁 参事官 中島勇人氏

開会にあたり、主催の国税庁・三上室長と共催の文化庁・中島参事官が登壇。ユネスコ登録から1年が経ち、海外からの注目度がさらに高まっている現状や、国を挙げてこの文化を守り、世界へ発信していく決意が語られました。

  • 登壇する男性

    日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会・小西新右衛門会長(兵庫県・小西酒造株式会社 代表取締役社長)

続いて、日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会・小西新右衛門会長が登壇。
「守りばかりではなく、新たな展開の可能性を見つめていく『攻めの姿勢』も大事」という力強い言葉があり、伝統を礎にした革新への期待が高まりました。

【第1部】造り手たちのリアルな声。「人柄」が味になる

  • 登壇する男女

    (写真左から)宇都宮仁氏、相良沙奈恵氏、浦里知可良氏、湯川尚子氏

トークセッションの第1部は、実際に酒造りの現場で汗を流す3名の若手・中堅の造り手が登場。ファシリテーターは、日本酒造組合中央会理事の宇都宮 仁さんが務めました。

【登壇者】

  • [ファシリテーター] 宇都宮 仁 氏(日本酒造組合中央会 理事)
  • 相良 沙奈恵 氏(栃木県・相良酒造 代表取締役・杜氏/銘柄「朝日栄」)
  • 浦里 知可良 氏(茨城県・浦里酒造店 社長/銘柄「浦里」)
  • 湯川 尚子 氏(長野県・湯川酒造店 代表取締役/銘柄「木曽路」)

技術を超えた「精神性」の継承

議論の中で特に印象的だったのは、登壇者が口を揃えて「酒造りには造り手の人柄が出る」と語った点です。
栃木県で「朝日栄」を醸す相良さんは、7年前に亡くなったお父様から「酒造りはその人の人柄が表れる」と教訓を受けていたといいます。「愛情をかけた分だけ、酒質となって返ってくるのを実感しています」と語る姿からは、10代目として蔵を守る覚悟と、技術を超えた精神性の重要さが伝わってきました。

  • 登壇する女性

    相良 沙奈恵 氏・・・栃木県栃木市岩舟町で約200年続く相良酒造の10代目。高校3年生の時に廃業の危機を感じ、急遽進路を変更して東京農業大学醸造科学科へ進学したという、芯の強さを持つ女性杜氏だ。

また、「日本一の杜氏」を目指す茨城・浦里酒造店の浦里さんは、修行時代のエピソードを披露。タンク一本をダメにしそうな失敗をした際、周りの蔵人たちのフォローでリカバリーし、結果的に素晴らしい酒になった経験から、「酒造りは一人ではできない。チームワークこそが重要だ」と痛感したと語ります。

  • 登壇する男性

    浦里 知可良 氏・・・1998年生まれの若き6代目蔵元。関東信越国税局酒類鑑評会での最優秀賞に加え、名だたるベテラン杜氏が競い合う難関「南部杜氏自醸酒鑑評会」において、若くして首席(第1位)を獲得した実績を持つ。その技術力は業界内でも注目の的だ。

酒蔵は「地域のインフラ」である

  • 登壇する女性

    湯川 尚子 氏・・・湯川酒造店の創業は慶安3年(1650年)。冬は氷点下20度にもなる長野県木曽郡木祖村という厳しい自然環境の中で、370年以上にわたり酒造りを続けてきた老舗蔵の16代目当主を務める。

そして、長野県・木曽路で370年続く酒蔵の16代目、湯川さんのお話で大きくうなずかされたのが「酒蔵は地域産業の中心になれる」という視点です。
湯川さんは一度異業種を経験してから、実家の酒蔵に戻った経歴の持ち主。「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」で最高峰のチャンピオン・サケを受賞した際、何より嬉しかったのは地元の人たちが「自分たちの誇りだ」と喜んでくれたことだったそうです。

「酒蔵は農業、観光、教育など様々なものとつながっている。地域を活性化させるインフラのような存在でありたい」
子供たちが「地元にかっこいい酒造りがあるんだ」と憧れる職業にしたいという湯川さんの言葉には、伝統を守るだけでなく、地域と共に未来を醸(かも)していく現代の酒蔵の在り方が示されていました。


【第2部】「情熱」と「論理」の両輪で世界へ

  • 登壇する男女

続いての第2部は、日本酒の魅力を伝えるプロフェッショナルたちが集結。
ここで非常に興味深かったのが、「熱量で伝えるストーリー」と「科学で解き明かすロジック」という、二つの異なるアプローチが見事に融合していた点です。

【登壇者】

  • [ファシリテーター] 宇都宮 仁 氏(日本酒造組合中央会 理事)
  • 橘 ケンチ 氏(EXILE/EXILE THE SECOND)
  • 菊谷 なつき 氏(WSET Sake Specialist / 日本酒ソムリエ / Museum of Sake 代表)
  • 奥田 政行 氏(「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフ)
  • 南雲 主于三 氏(Spirits & Sharing.inc 代表取締役/ミクソロジスト)

橘ケンチ×菊谷なつきが語る「熱量」と「言語化」

  • 登壇する男性

EXILE 橘ケンチさんは、ご自身で200以上の酒蔵を巡った経験から、「その場の空気や人との出会いで味わいが変わる」というエモーショナルな体験の価値を語りました。エンターテインメントの力で日本酒を「楽しむ」入り口を広げる活動は、まさにパッションの賜物です。

  • 登壇する男性

    橘 ケンチ 氏・・・2018年に「酒サムライ」に叙任。全国の酒蔵を200軒以上巡り、造り手との対話を重ねてきた。「新政(秋田)」や「風の森(奈良)」など名だたる酒蔵とのコラボレーションボトルの開発や、日本酒擬人化マンガ『あらばしり』の原案、著書『日本酒最強バイブル』の執筆など、エンターテインメントと日本酒文化の架け橋として精力的に活動している。

  • 資料を使って話す男性

  • 登壇する女性

    菊谷 なつき 氏・・・秋田の蔵元の家に生まれ、2009年に渡英。ロンドンの高級和食店 ZUMA/ROKA でサケソムリエとして活躍し、日本酒のグローバルな魅力を発信。2000年代後半から、世界最大級の酒類教育機関 WSET の日本酒講座を立ち上げ、世界中に“SAKEを語る場”を広げてきた。現在は日本を拠点に、酒文化の再興と次世代育成に取り組む。

一方、ロンドンで長年活動する菊谷なつきさんは、その熱量を海外へ届けるための「言語化(WSETが提唱するSATメソッド)」の重要性を提唱。
さらに「美味しいのは当たり前。デジタル化した現代において求められているのは、『人のぬくもり』や『誠実さ』」とし、日本酒の精神性を言葉に乗せて伝える役割を担っています。

奥田政行×南雲主于三が示す「科学」と「論理」

  • 資料を使って説明する男性

この「熱量」あるアプローチに対し、強烈な説得力を加えたのが奥田シェフと南雲さんによる「科学的・論理的アプローチ」でした。

  • スクリーンを見る登壇者たち

奥田シェフがスクリーンに投影したのは、「日本酒の味の三角形」や「同化と対比」のチャート。
「甘い×酸っぱいは『対比』で引き立て合い、香り×香りは『同化』で馴染ませる」。これまで感覚的に語られがちだった「ペアリング」を、成分や味覚の構造からロジカルに解説しました。
特に「日本酒の味わいを三角形で捉え、足りない要素を料理で補完して『正六角形(完全なバランス)』にする」という理論には、会場も釘付けに。海外でこの説明をして「ダ・ヴィンチ・シェフ!」と驚かれたこともあるという逸話には、大きく頷かされました。

  • 資料を使って登壇する男性

  • 資料を使って登壇する男性

さらに、ミクソロジストの南雲さんは、この理論をカクテルに応用。「海外では日本酒カクテルがブーム」と語り、お酒単体ではハードルが高い場合でも、カクテルという「設計された体験」を通すことで、世界中の人が直感的に美味しいと感じるものに変換できると示しました。
「情熱」で心を動かし、「論理」で舌を納得させる。この両輪が揃うことこそが、日本酒が世界へ飛躍する鍵なのだと確信させられるセッションでした。

  • 登壇する男性

    奥田 政行 氏・・・山形・鶴岡の地に根ざすイタリア料理人。銀座や全国各地で店を展開しながら、旬の庄内食材を朝に仕入れ、その日の素材で料理をつくる。ソースに頼らず「素材の声を聴く」ことを信条とし、地方から世界を舞台に活躍を続ける――それが奥田流、真の地産地消イタリアンだ。

  • 登壇する男性

    南雲 主于三 氏・・・1998年にバーテンダーとして歩みを始め、ロンドンでの修行を経て独立。現在は都内で「memento mori」「The Bar codename MIXOLOGY Tokyo」など複数店舗を展開し、2023年から海外にも進出。遠心分離器や減圧蒸留などの技術を駆使し、日本酒・焼酎・茶・カカオなど多様な素材から新しい“体験としての酒”を生み出す先駆者として知られている。

唎酒師も納得! 「火入れ」と「生」の飲み比べ体験

  • 説明する男性

トークセッション終了後、同ビルの別会場で、希望者向けの試飲体験が行われました。ナビゲーターを務めたのは、WSETの講師です。今回の2種類の違いについて「火入れの有無」がポイントだと解説しました。

  • 試飲会の様子

  • 試飲会の様子

右側の「朝日栄」は火入れをしているため味が落ち着いており、今回は海苔を巻いたおつまみと合わせることで旨味の相乗効果が楽しめると提案。一方、左側の「玉川」はアルコール度数が高く、加水も火入れもしない「生原酒」ならではのインパクトがあると説明しました。
同じ「日本酒」というカテゴリーでも、製法によってこれほど表情が変わるのかと、会場からは驚きと納得の声が上がっていました。

  • 朝日栄(相良酒造)、玉川(木下酒造)

    試飲体験で提供された2種類の日本酒
    (右)朝日栄(相良酒造): 火入れ処理をした純米吟醸。味が落ち着いており、提供された「海苔」のおつまみと合わせると磯の香りと旨味が同調し、絶妙なハーモニーを生んだ。(左)玉川(木下酒造): 加熱処理も加水もしない「しぼりたて生原酒」。アルコール度数が高く、ガツンとした飲みごたえとフレッシュな生命力を感じる味わい。

日本酒には「日本」が詰まっている

  • イベント集合写真

今回の取材を通じて感じたのは、伝統を守りながらも、常に新しいことに挑戦し続ける人々のエネルギーでした。500年前から続く技術を継承する若き蔵元たち。そして、その魅力を「情熱」と「論理」というそれぞれの武器で世界に翻訳して発信するプロフェッショナルたち。

  • ファシリテーターの男性

ファシリテーターの宇都宮さんが最後に語った「日本酒には日本が詰まっている」という言葉。取材を終えた今、その言葉の重みをひしひしと感じています。

2025年の冬、ユネスコ登録1周年を迎えたこの「伝統的酒造り」の世界。皆さんもぜひ、今夜は日本酒を片手に、その背景にある物語や造り手の想い、そしてグラスの中にある「ロジック」に、少しだけ心を寄せてみてはいかがでしょうか。

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