受賞酒の裏側にドラマあり!『雄町サミット2025』現地レポートで見えた日本酒の未来
2025年8月7日、東京のホテル椿山荘で「第16回 雄町サミット」が華やかに開催されました。全国から「雄町(おまち)」で醸した日本酒が一堂に会する、年に一度の祭典です。
ワイン文化にも親しむ方なら、単一のブドウ品種に特化したイベントを思い浮かべるかもしれません。このサミットはまさに、酒米「雄町」の多様性とポテンシャルを深く探求する貴重な機会といえるでしょう。
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備前焼の酒器で飲む、雄町の日本酒は格別!
今年のサミットには全国130の酒蔵から219点の日本酒が出品され、延べ850人もの人々が会場を訪れました。審査の結果とともに、その背景にあるストーリーや日本酒業界が向かう未来についてレポートします。
160年の時を超えて。すべての酒米のルーツ、「雄町」の物語
そもそも『雄町』とはどんなお米なのでしょうか?
日本酒好きならぜひ知っておきたい酒米、「雄町(おまち)」。日本酒の原料となるお米には、「雄町」「山田錦」「五百万石」「美山錦」という有名な「四大酒米」があります。なかでも「雄町」は、とてもユニークなストーリーを持つお米です。その歴史は古く、1859年に岡山県で見つかった現存最古の品種で、なんとあの「山田錦」のルーツでもあります。
雄町で造るお酒のテイストは、ふくよかでまろやか。そのヒミツは、米の中心にある「心白(しんぱく)」というやわらかな部分にあり、これが奥行きのある豊かなフレーバーを生みだすのです。
しかし、これほど素晴らしいお米でありながら、稲がとてもデリケート。背が高く倒れやすいため栽培が非常にむずかしく、収量も少ないことから生産量は激減し、「幻の酒米」と呼ばれる時代が長く続きました。
この貴重な雄町を大切に守り続けているのが、故郷である岡山県の農家さんたちです。令和5年のデータによれば、全国で生産された雄町のうち、実に95%が岡山県産。中でも備前地区の赤坂、御津、瀬戸、高島、西大寺、藤田、興除といった地域が、その品質を支える主要な産地となっています。
そんな「幻の酒米」雄町を復活させ、その魅力を多くの人に伝えたいという岡山県の米農家と酒蔵の熱い思いから始まったのが、この「雄町サミット」なのです。
2025年の栄冠は誰の手に?コンペティション結果
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結果発表を前に、期待と熱気に包まれる懇親会会場。
イベントは3部構成で、日中のテイスティング会から夕方の懇親会まで、一日を通して雄町の魅力に浸れるプログラムが組まれています。なかでも最大の注目は、ブラインドテイスティング(銘柄を隠して味だけで評価する方法)によるコンペティションです。
さて、今年の栄冠はどの蔵に輝いたのでしょうか?
今年は4つの部門に分かれ、厳正な審査の末に優秀賞と、各部門の頂点である最優秀賞が選出されました。特に注目すべきは、今回から新設された「純米燗酒部門」です。雄町が持つ、ふくよかで奥深い味わいは、温めることでさらにその魅力が開花します。
【各部門の最優秀賞】
吟醸酒部門
・純米吟醸 嵐童 雄町(㈾杉勇蕨岡酒造場/山形県)
純米酒部門(精米歩合60%以下)
・元平 MOTOHIRA yellow(相原酒造㈱/広島県)
純米酒部門(精米歩合60%超)
・酒一筋 番外(利守酒造㈱/岡山県)
純米燗酒部門
・三冠 和井田 雄町 生酛純米(三冠酒造㈲/岡山県)
ライターが見た雄町サミット —トレンドを追う審査と、心打つ受賞の舞台裏—
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国税庁 鑑定企画官 佐藤泰崇さん
今年の審査は、国税庁の鑑定官が多く参加されたこともあり、全体的に洗練されたきれいな酒質のものが高く評価される傾向にあったようです。審査員代表からは「最近の鑑評会の動向をふまえ、やや甘みのある酒を評価した」という声も聞かれました。
しかし、数年前に審査講評で「雄町らしさとは何かを、今一度見直すべき」という厳しい指摘があったのは記憶に新しいところです。現在のトレンドを追うことが、雄町本来の野趣あふれる個性や、複雑な旨みを最大限に引き出す方向性と常に一致するのか。日本酒の多様性が謳われる一方で、評価の画一化が進むこの流れに、果たしてこれでよいのだろうかと、ふと立ち止まって考えてしまいます。
そうした評価軸とは別に、審査という厳格な場の裏側では、心温まる場面も数多く見られました。
純米酒部門で最優秀賞に輝いたのは、広島県・相原酒造の「元平 MOTOHIRA yellow」。これは神奈川県の酒販店・望月商店が創業100周年を記念して企画した特別な一本で、岡山県の赤坂特産雄町米研究会会長・藤原一章さんが自ら育てた米で醸されています。
受賞発表後、ステージ上で蔵元の相原さんと農家の藤原さんが抱き合った姿は、長年の信頼関係、そしてこの一本に込められた特別な思いを物語っていました。米と造り手の美しい絆を象徴する、胸を打つ光景でした。
また、雄町のお膝元である岡山県の酒蔵が優秀賞に多数選ばれ、最優秀賞も2蔵が受賞したことは、ひときわ感慨深い結果です。雄町の復活と普及は、岡山の蔵元と農家が長年心血を注いできた悲願でした。彼らは常に身近な存在として励まし合い、この米への熱い想いを共有してきたのです。
全国の蔵元との強い絆はもちろんのこと、やはり地元の蔵が高評価を得ることは、農家にとって特別な意味を持ちます。自分たちが育てた米が、共に歩んできた蔵元の手によって輝かしい栄誉を手にすること。それは、地域全体の自信となり、「雄町王国・岡山」としての誇りをより一層強くする、何よりの吉報と言えるでしょう。
【特別講演】なぜ今、燗酒なのか? ― チケット即完売イベントが示す日本酒の未来
第二部では、本サミットにおける新たな試み「燗酒部門」の新設を記念した特別講演会が催されました。講師として招聘されたのは、酒類文化研究の第一人者である株式会社酒文化研究所の山田聡昭さん。「よみがえる燗酒-極上のおもてなし」をテーマに、日本酒市場における燗酒の現代的価値と未来への展望が語られました。
かつて「まずい酒をごまかす飲み方」と不当な評価を受けた燗酒ですが、近年その価値が見直されています。その象徴が、山田さんが手がけ、両国駅ホームにこたつを置いて楽しむイベント「おでんで熱燗ステーション」です。
チケットは発売後わずか数時間で完売し、購入者の半数が20代・30代という事実は、燗酒が若者を中心に新たなファンを獲得している何よりの証拠と言えるでしょう。
この成功実績を背景に、山田さんは今後の市場では付加価値が重要だとし、燗酒を「とても贅沢な場」と位置づけます。そして「美味しく燗をつける技術、つまり『お燗番』には、もっと価値が見出され、正当な対価が払われるべきだ」と力説しました。
その付加価値を担う最高の素材が「雄町」です。「栽培が難しく希少な雄町は、まるでワイン界のピノ・ノワール。高価な雄町だからこそ、燗にして飲むという特別な体験価値が生まれる」と山田さんは語ります。温めることで旨味が花開く燗酒は、雄町のポテンシャルを最大限に引き出すのです。高価な雄町を特別な燗酒として提供することこそ、これからの日本酒が目指すべき一つの道筋だと、その有効性を強く示しました。
酒蔵だけでは酒は醸せない。米農家の笑顔が照らす、日本酒の未来
ご存知のように、現在は深刻な米不足という課題に直面しています。稲作農家の平均年齢は70歳を超え、高齢化による離農や、より安定した食用米への転作も少なくありません。
そのような状況の中、岡山県酒造好適米協議会の西崎さんからは、「岡山県では、雄町が昨年と同水準の作付け量を維持し、栽培も順調に進んでいる」、という心強い報告がありました。
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備前地区の生産者代表が登壇し、今年の米の出来や来年への意気込みを語りました
今年のサミットで見えた様々な側面は、すべてが来年への糧となるはずです。何より素晴らしいのは、このイベントが、普段は表に出ることの少ない米農家にもスポットライトを当てていることです。懇親会で、日焼けした顔の農家の皆さんが心から楽しそうに杯を交わす姿が、とても印象的でした。
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「我々のボスが今日、誕生日なんです!」と西崎さん(左)に紹介される藤原一章会長(右)。
長年、雄町の栽培を牽引してきた第一人者であり、自身が育てた米が最優秀賞に輝くという、二重の喜びに包まれました。
酒蔵と米農家は、まさに一心同体。良質な原料米なくして、素晴らしい日本酒は生まれません。雄町サミットのような、米作りから酒造りまで、そのすべての工程に関わる人々の努力と情熱に光を当てる取り組みに、これからもぜひ注目してほしいと思います。
もし皆さんが酒屋さんで『雄町』のお酒を見かけたら、ぜひそのラベルの向こう側にある、米農家さんや蔵元さんの熱い物語を思い浮かべながら味わってみてください。
イベント情報:第16回 雄町サミット 開催概要
- 日時: 2025年8月7日(木)
- 場所: ホテル椿山荘 東京(東京都文京区)
- 目的: "幻の酒米"「雄町」を原料とした日本酒の品質向上と、その魅力をより多くの方に知ってもらうこと。同一原料米で醸された日本酒のコンペティションが開催されます。
- 構成:
- 第1部 唎き酒会
- 時間:1回目 12:30~14:00、2回目 14:20~15:50(完全入替制)
- 対象:酒販店、飲食店、酒造会社(事前予約制)
- 第2部 歓評会審査講評/講演会
- 時間:16:00〜17:30
- 演題:「よみがえる燗酒-極上のおもてなし」
- 講師:山田 聡昭 氏(株式会社酒文化研究所 第一研究室 室長)
- 第3部 懇親会
- 時間:18:00~20:30(受付開始 17:30~)
- 形式:立食形式(定員400名)
- 内容:岡山県産の食材をふんだんに使用した「晴寿司」や旬のフルーツなど、多彩な味覚とともに、最優秀賞・優秀賞受賞酒を含む雄町酒の数々を味わえます。
- 第1部 唎き酒会
- 主催: JA全農おかやま、岡山県酒造好適米協議会、岡山県酒造組合
- 後援: 国税庁、岡山県、日本酒造組合中央会 ほか
第16回 雄町サミット コンペティション結果一覧
【 区分Ⅰ 】 吟醸酒部門(審査対象134点)
- 最優秀賞
・ 山形県 ㈾杉勇蕨岡酒造場 純米吟醸 嵐童 雄町 - 優秀賞
- 宮城県 萩野酒造㈱ 日輪田 生酛 純米大吟醸 雄町
- 山形県 東北銘醸㈱ 初孫 純米大吟醸 光輝2236
- 福島県 ㈲玄葉本店 あぶくま 純米吟醸 雄町
- 福島県 ㈱髙橋庄作酒造店 会津娘 純米吟醸 雄町
- 福島県 名倉山酒造㈱ 会津士魂 純米吟醸 備前雄町
- 新潟県 青木酒造㈱ 鶴齢 純米大吟醸 Years Bottle 2022
- 新潟県 ㈱越後伝衛門 ミシャグチ
- 茨城県 青木酒造㈱ 御慶事 純米吟醸 雄町
- 茨城県 ㈱武勇 武勇 純米吟醸 なごやか
- 茨城県 森島酒造㈱ 森嶋 雄町 純米大吟醸
- 茨城県 結城酒造㈱ 結ゆい 純米大吟醸
- 栃木県 ㈱外池酒造店 望bo: 純米大吟醸 雄町
- 栃木県 ㈱富川酒造店 忠愛 純米大吟醸 赤磐雄町50%
- 群馬県 ㈱町田酒造店 町田酒造55 純米吟醸 雄町
- 千葉県 和蔵酒造㈱ 竹岡 純米大吟醸
- 山梨県 笹一酒造㈱ 旦 山廃 純米大吟醸 備前雄町
- 静岡県 磯自慢酒造㈱ 磯自慢 赤磐雄町 純米大吟醸40
- 岐阜県 御代桜醸造㈱ 津島屋 純米大吟醸 備前産雄町 瓶囲い
- 岐阜県 ㈲渡辺酒造店 蓬莱 純米大吟醸 高島雄町
- 三重県 ㈱大田酒造 半蔵 & 純米大吟醸 雄町
- 三重県 清水清三郎商店㈱ 作 雄町 純米吟醸 2024
- 滋賀県 松瀬酒造㈱ 松の司 純米大吟醸 雄町
- 岡山県 宮下酒造㈱ 極聖 純米大吟醸 高島雄町
- 岡山県 室町酒造㈱ 櫻室町 極大吟醸 室町時代
- 広島県 相原酒造㈱ 純米大吟醸 雨後の月
- 広島県 ㈱醉心山根本店 名誉醉心 純米大吟醸 袋取り 「東海の曙」秘蔵囲い
- 山口県 新谷酒造㈱ わかむすめ 牡丹
- 愛媛県 石鎚酒造㈱ 石鎚 純米吟醸 雄町50
- 佐賀県 富久千代酒造㈲ 鍋島 純米大吟醸 赤磐雄町米
【 区分Ⅱ 】純米酒部門(精米歩合60%以下)(審査対象36点)
- 最優秀賞
・ 広島県 相原酒造㈱ 元平 MOTOHIRA yellow - 優秀賞
- 山形県 ㈾杉勇蕨岡酒造場 雄町 山卸生酛純米原酒 杉勇
- 静岡県 静岡平喜酒造㈱ 喜平 静岡蔵 純米酒 限定謹醸 雄町
- 静岡県 ㈱土井酒造場 開運 純米 雄町
- 三重県 ㈴早川酒造 特別純米酒 田光 雄町
- 和歌山県 平和酒造㈱ 紀土 特別純米酒 雄町
- 愛媛県 石鎚酒造㈱ 石鎚 雄町 純米
【 区分Ⅲ 】 純米酒部門(精米歩合60%超)(審査対象27点)
- 最優秀賞
・ 岡山県 利守酒造㈱ 酒一筋 番外 - 優秀賞
- 栃木県 杉田酒造㈱ 雄東 純米 無濾過原酒 雄町
- 兵庫県 奥藤商事㈱ 忠臣蔵 生酛純米 雄町
- 佐賀県 天山酒造㈱ 七田 七割五分磨き 雄町 ひやおろし
【 区分Ⅳ 】純米燗酒部門(審査対象22点)
- 最優秀賞
・ 岡山県 三冠酒造㈲ 三冠 和井田 雄町 生酛純米 - 優秀賞
- 秋田県 日の丸醸造㈱ 巡米酒 まんさくの花 雄町70
- 栃木県 杉田酒造㈱ 生酛造り 無濾過 純米酒 鷗樹 R
- 神奈川県 ㈾川西屋酒造店 隆 特別純米 小藤ラベル 2022年度醸造
- 岡山県 ㈱落酒造場 百万年の一滴 雄町 硬水きもと仕込み
- 岡山県 ㈱辻本店 御前酒 まめ農園
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