「二兎」を醸す丸石醸造は「どうする家康」で盛り上がる岡崎の老舗酒蔵 ~ SAKETOMO的酒蔵見学・愛知編②

日本酒好きの間で大人気となっている「二兎(にと)」をはじめ、「三河武士」「徳川家康」などの銘柄を醸している愛知県内でも有数の老舗酒蔵・丸石醸造。
2023年の岡崎市は、大河ドラマ「どうする家康」で大盛り上がり。さらに、丸石醸造にとっては、「干支がウサギ」であるだけでなく、「創業333年」という節目の年となっています。まさに奇跡的な巡り合わせです。

そこで今回は丸石醸造を訪問し、18代目の蔵元である代表取締役の深田英揮さんと、杜氏として酒造りを担う片部州光さんにお話をお伺いしました。

  • 酒樽の前に立つ男性

    杜氏の片部州光さん 二兎の酒樽の前にて

<今回取材した酒蔵>

丸石醸造(愛知県岡崎市)

目次

創業333年!丸石醸造愛知県内でも有数の歴史を持つ老舗酒蔵

丸石醸造が岡崎の地で創業したのは1690年(元禄3年)。「生類憐れみの令」で有名な徳川綱吉が5代将軍として江戸幕府を治め、後に「おくのほそ道」を執筆した松尾芭蕉が奥州・北陸を巡っていた時代に丸石醸造は酒造りをはじめました。

深田さん

岡崎は東海道の宿場町として栄えており、東西への往来も盛んな場所でした。その中で、岡崎で暮らしていた先祖が、西で造られた日本酒が江戸へ運ばれるのを見て酒造りを知り、酒蔵を建てたというのが丸石醸造の始まりと言われています。

  • 蔵

    昔の酒蔵を改装した『長誉館』 現在はイベントスペースとして使われている

明治時代には味噌や醤油などの醸造に紡績、さらには銀行も興すなど大きく事業展開を行っていた丸石醸造。日本酒造りにおいても岡崎の他に灘に酒蔵を構え大規模生産を行っていました。

しかし昭和に入ると、丸石醸造に大きな転機が訪れます。太平洋戦争で岡崎も激しい空襲に見舞われ、丸石醸造も被災。蔵を焼失するなど甚大な被害を受けてしまいます。

深田さん

空襲を受け、当時の丸石醸造のほとんど全てが燃えてしまったと聞いています。その後、一部燃え残った味噌蔵を酒蔵とし、日本酒造り一本に絞って事業を再開しました。現在は杜氏の片部を筆頭に4人で酒造りを行っており、この他営業や事務、直売所のスタッフを合わせ8名体制で蔵を切り盛りしています。

  • 蔵の外観の売店

    本社建物には直売所「醸庵」も併設

日本酒好きを魅了する丸石醸造の看板銘柄「二兎」

  • 積み上げられた酒樽

丸石醸造さんといえば「二兎」が日本酒好きの間で評判となっています。2015年12月から販売が始まったとのことですが、どのような経緯で新しいブランド作りに取り組むことになったのでしょうか?

深田さん

自分が丸石醸造に入ってから1年ほど酒造りを経験した後、しばらくいろいろな日本酒専門店さんに営業に回っていたのですが、酒屋さんから厳しい声ばかりいただいていました。「こんなお酒ダメだよ」とけんもほろろ。それで、このままではダメだと思い、片部をはじめとした若いスタッフと一緒に「5年後に東京で勝てる酒を造ろう!」と取り組み始めたのが「二兎」です。 

実は自分は日本酒ではなくビールとワインばかり飲んできたので、いわゆる「昔ながらの日本酒」というのが得意ではなかったんです。そういうこともあり、自分たちが飲んで美味しいと思えるお酒を自信をもって売りたいという思いで造っていきました。酒造りは「甘みもあって、酸味もあって、でも後味も良い」ということをコンセプトに片部を中心にトライし、自分はマーケティングやデザイン面などを担当しました。

「二兎」というブランドやラベルはどのように決めていったのでしょうか?

深田

まず決めたのが「動物の名前にしよう」ということ。日本酒の名前は漢字が多くて読み方も難しかったりするものも多いので、分かりやすく覚えてもらいやすいものにしようと考えました。その中で、お酒の特徴でもある「香りも味わいも両方美味しい」「甘味はあるけれどもスッキリ感があって辛口にも感じる」「複雑みもあるけれど、シンプルな味わいにも感じる」といった部分を「二兎」という言葉で表して、「二兎を追うものしか二兎を得ず」という形でストーリーやラベルを作っていきました。そうすると、酒屋さんもこの言葉で説明してくれるようになりました。また、ラベルを気に入った日本酒ファンの方がSNSで投稿してくれるようになり、ブランドが広がっていきました

東京には全国からたくさんの酒蔵が自分たちが造る日本酒を持って売り込みに来ますので、一度失敗したらもう次のチャンスは巡ってこないかもしれません。だからこそ「最初から勝てるお酒で勝てるブランドを立てていかなければ」という思いがありました。味はもちろんですが、「売りたくなるような仕掛け」「手に取りたくなるような仕掛け」も必要だなと。女性や海外の人たちに手にとってもらえるような味わいやパッケージ、ストーリーという部分も意識しています。

  • 並べられた酒瓶

「二兎」の酒造りにはどのような特色がありますか?

片部さん

日本酒造りでは米を糖に変える麹と、糖をアルコールに変える酵母の2種類の微生物が活躍しますが、「二兎」ではどのラベルのものも全て同じ酵母を使っているのが特徴の一つです。酵母によって発酵が行われる過程で炭酸ガスやアルコールとともに香気成分も造られていくのですが、香りが違うと全く違うお酒に感じてしまうため、同じ酵母を使って香りを揃えることで「二兎」らしさを表現しています。 

その上で現在は酒米の種類と精米歩合を変えることで「二兎」の中での味わいの違いを表現しています。使用するお米は5種類あり、「雄町」はコクのある味わい、「山田錦」はクリアな味わい、「出羽燦々」は柔らかで丸みのある味わい、「愛山」はお米由来さくらんぼのような香りがあります。「萬歳」は、地元岡崎で作られています。もともとは大正天皇が即位した際の奉納米として作られたお米で、丸石醸造でしか使っていません。萬歳で造ったお酒は米が本来持っている穀物感があります。 

  • サーマルタンク

    酒蔵の中にズラリと並ぶサーマルタンクで細かく温度管理しながら醸造

片部さん

また、フレッシュでジューシーな味わいとみずみずしさ保つため「造ってからいかに劣化させないか」というところに力を注いでいます。酒造りそのものはオーソドックスな三段仕込みです。その中でクリアな味わいになるよう、麹造りの段階でしっかりと水分を飛ばしています。東北などの寒冷地であれば外気だけでも冷やして乾かすことができるのですが、岡崎は暖かく湿度が高いので、強制的に風を当てて水分を飛ばしながら冷やし、余分な雑味が出ないようにしています。造りの段階でもサーマルタンク(注)に入れ0.1度単位で温度を調整しながら低温で発酵を行っています。

また、生酒の段階で生じたガスが出来るだけ揮発しないよう、2~3度まで温度を下げてからボトルに詰めています。ガスが液中に溶け込んだ状態で搾ってボトリングすることで、常温に戻ってもガスが逃げていかないように出来ます。この微炭酸の状態にするのも、フレッシュなものを求めていくうえでのポイントです。

「二兎」の味わいの特徴も教えてください。

片部さん

料理に合う食中酒としての立ち位置なので「ほどよい香り」ということを意識しています。ワイングラスに入れたときにちょうど良く華開く香りというイメージですね。

最初はお米の旨味から来る甘味が感じられ、後口として良質な酸が味を締める。甘いだけだと重たくなってしまうのを、酸もしっかり出してスッキリとした切れ味の良い飲み口にしています。 

造り手の立場からすると、酸を出す造りは「下手くそ」と言われていました。今でもコンテストなどでは酸は嫌われる要素です。しかし、食中酒として料理と合わせることを考えると、ビールの苦味やワインの渋味に相当する部分として、日本酒の酸の味わいが必要だと考えています。

  • 話をする男性

    杜氏の片部さん

蔵元としては「二兎」はどのように味わってもらいたいでしょうか?

深田さん

日本酒はあくまで嗜好品なので、楽しい空間・雰囲気で味わってもらうのが一番だと思います。造る側としては冷やして飲んで欲しいと思ってはいますが、強制はしていません。買った人の好みで美味しく飲んでもらえればそれが一番です。いろんな場面で傍らに二兎を置いて、自然に飲んでもらえるお酒として造っています。

岡崎の地で受け継がれる「三河武士」「徳川家康」「長誉」

丸石醸造では「二兎」以外にも「三河武士」「徳川家康」「長誉(ちょうよ)」という3つの銘柄がありますが、それぞれの歴史や特徴についてお聞かせください。

深田さん

三河武士」は100%三河の米で造っている日本酒です。現在は純米酒と純米吟醸の2種類があります。二兎とは異なるシャープな飲み口を生む酵母を使っており、すっきりした味わいに仕上がっています。岡崎の名産である味噌の味わいに合うお酒ですね。毎年品質が上がっている「出世中のお酒」です。 

「徳川家康」は全量山田錦を使った大吟醸酒で、全国新酒鑑評会で金賞を何度も受賞しているお酒です。華やかな香りが特徴で、数値的には辛口のお酒になりますが甘味も感じられます。現在は純米大吟醸と大吟醸の2種類を造っており、贈答用としても人気です。「どうする家康」効果もあり、多くの酒屋さんから注目を頂いています。 

「長誉」はもともと明治時代に灘で造っていたお酒につけていた銘柄で、現在は屋号的なお酒の一つとして造り続けています。しっかりとボディのある味わいで、燗酒にしても美味しく飲んでもらえるお酒です。お祭りの樽酒などとして今でも親しんで頂いています。 

「三河武士」「徳川家康」「長誉」のいずれも一般流通で出荷しています。この中で「三河武士」については現在でも主に県内を中心に流通していますが、将来的には愛知県内のみのお酒にしていこうと考えています。

  • 売店に並ぶ日本酒

    三河武士と長誉

2023年の丸石醸造は「卯年」「創業333年」「どうする家康フィーバー」と奇跡的な巡り合わせを迎えていますが、これらにちなんだ展開などは何か考えられていますでしょうか?

深田さん

まずは「二兎」の雄町48を333周年記念の特別版として限定販売します(2月1日販売開始)。また、春から夏にかけて記念酒を出すことも計画中です。また、333周年記念グッズについても準備が整い次第販売していきます。

  • 日本酒の瓶

    虹色の兎があしらわれた「二兎」の記念酒ボトル

蔵元オススメ「二兎」「三河武士」にピッタリのおつまみは?

ご自身で「二兎」を飲むときはどのようなおつまみと合わせていますか?

深田さん

スイーツやデザートに合わせることが多いですね。バターを感じるタルトに雄町を合わせたり、あんこを使った豆大福に出羽燦々を合わせたりします。ミルフィーユやチーズなどと合わせても美味しいです。先日は出来たばかりの萬歳70といちご大福を合わせたら新しい美味しさを発見できました。料理では中華料理とよく合わせます。

片部さん

私も和食とはあまり合わせないですね。「二兎」の中でも山田錦や萬歳などの純米酒は肉と合わせることが多いです。オイルを使った料理でもスパイシーな料理でも全然いけますね。蒲郡クラシックホテルさんと日本酒と料理のマリアージュ会を一緒にやっていますが、低精米の純米酒は重層的な味わいのメインディッシュにも引けをとりません。逆に純米大吟醸などはそうした料理だと押されてしまうので、そういた高精米のものはオイルを使った魚系の料理と合わせています。

一方の「三河武士」は和食、懐石料理でもおばんざいでも幅広く相性が良いと思います。味噌や醤油はもちろん、醤油の塩味の効かせたものにも良く合います。オススメは「手羽先」です。

三河・岡崎といえば「豆味噌」ですが、丸石醸造さんとしてオススメの「豆味噌系おつまみ」と日本酒の組み合わせを教えてください。

深田さん

自分はやはり「二兎」の萬歳とよく合わせますね。味噌鍋やどて煮の時もありますし、味噌ディップもよくおつまみにします。「萬歳」は岡崎のお米なので、岡崎のものと合わせたくなります。

片部さん

自分も味噌鍋やどて煮ですね。地元の米で作っている「三河武士」と合わせます。

酒造りとは無縁だった蔵元と杜氏が手がけるのは「丸石醸造」の将来に向けた礎造り

31歳で丸石醸造に入るまでは日本酒造りはおろか「日本酒そのもの」にもあまり縁がなかったと話す深田さん。しかし、日本酒について詳しくなかったからこそ「日本酒業界の良いところも、遅れているところも俯瞰で見ることが出来た」と言います。

現在杜氏として酒造りを任されている片部さんも元々は酒造りとは無縁の仕事をされていたとのこと。26歳で丸石醸造に入ってから酒造りを勉強し、その面白さに目覚めたそうです。「飲んでもらう方が喜んでにこっとなるものをイメージしながら、なおかつ自分が造りたい味のお酒を造っていきたい」と話す片部さん。時間と共に移ろいでいく味わいに対する嗜好の変化や世の中の好みなどを織り込みながら、「米というツールを使って、微生物がゆっくりとお酒を育んでくれるのをサポートする」という気持ちで酒造りに取り組んでいます。

蔵元としての深田さんが目指すのは「400年、500年へと続く丸石醸造の礎造り」。333周年を迎えた今、次の世代からさらにその先の世代へと受け継いでいけるように礎を造ることが自分の仕事だと話します。日本酒とは別の世界を見てきた深田さんと片部さんが拓く新しい日本酒の世界、今後も注目です。

  • 日本酒を発酵させている様子

「二兎」「三河武士」をもっと知りたい人のための直売所・酒蔵見学・イベント情報

直売所 「醸庵」営業時間 9時~16時、日祝休、年末年始・GW・お盆休みあり。現金のみ。
詳しくは丸石醸造のWebサイトをご覧下さい。

酒蔵見学 一般見学は受け付けていない。
イベント開催時等にイベントスペース「長誉館」を見学可能。 

イベント 毎月第2土日に「丸石の日」を開催。丸石の日に限り、二兎を本数限定で販売。
例年2月(蔵開き)、4月(春祭り)、7月(SAKE BAR)、12月(年末、新酒)にイベント開催。詳細は丸石醸造のWebサイトにてご確認ください。

深田さん

丸石醸造にお越しになったら、乙川沿いを岡崎城まで散歩するのがオススメです。近年乙川沿いは整備が進んで歩きやすくなっていて、散歩コースにぴったりです。お店であれば、みたらし団子や関東煮(おでん)が美味しい和菓子屋さんの和泉屋さん、日本酒BARの桂さんもオススメです。

「二兎」が買えるお店

二兎ブランドサイトの特約店リストにてご確認ください。

※注 細かな温度調整や冷蔵管理が可能な冷却装置付きの貯蔵タンクのこと。

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