大学生がキャンパス内で本格的な日本酒造り! 岐阜県食品科学研究所と岐阜大学による「清酒醸造実習」を密着取材

  • もろみ造り

長良川・木曽川・飛騨川などの清流が流れ、豊かな自然に囲まれた岐阜県は古くから日本酒造りが盛んな地域。県内には現在も40蔵以上もの酒蔵があり、蔵ごとに個性あふれる日本酒が造られています。

そうした“酒どころ”の岐阜県では、岐阜県食品科学研究所と岐阜大学の官学連携による実習プログラム「清酒醸造実習」を開講。大学のキャンパスの中で、学生たちが本格的な日本酒造りにチャレンジするという全国的にも非常に珍しい取り組みが行われています。

  • 岐阜大学マップ

    岐阜大学キャンパス内で、学生たちが本格的な日本酒造りを実施

SAKETOMOでは、2025年度の岐阜県食品科学研究所・岐阜大学「清酒醸造実習」の様子を2回にわたり密着取材。大学キャンパス内で行われる本格的な日本酒造りの様子をレポートします。

岐阜大学のキャンパス内で日本酒造りの全ての工程を実際に体験!

  • 清酒醸造実習の様子

「清酒醸造実習」は岐阜県の公設機関である岐阜県食品科学研究所と岐阜大学の官学連携による取り組み。岐阜県食品科学研究所が岐阜大学のキャンパス内に移転したことをきっかけに、2019年(令和元年)より開講されました。

岐阜県の公設機関である岐阜県食品科学研究所は、大正時代に設立された「岐阜県醸造試験所」がルーツであり、現在でも日本酒の醸造に関する研究開発や産業支援をさかんに実施しています。岐阜県食品科学研究所には試験醸造を行うことができる設備や体制なども整っており、これらの設備を活用する形で「清酒醸造実習」が行われています。

「清酒醸造実習」の最大の特徴は「日本酒造りの全ての工程を、実際の醸造に近い規模で実体験できる」ということ。毎年10月から12月にかけて行われる実習の期間中は、毎日のように研究所へと足を運び、洗米から瓶詰めに至るまでの日本酒造りのあらゆる工程を学生自身が行います。こうした取り組みは全国的にも非常に珍しく、キャンパスの中に岐阜県食品科学研究所が併設されている岐阜大学ならではのものとなっています。

学生たちが取り組む日本酒造りに密着!

2025年度の「清酒醸造実習」には岐阜大学応用生命科学課程の3年生6名と大学院生2名、さらに2025 Miss SAKE 岐阜に選ばれた中村由希さんを加えた総勢9名が参加。うち大学院生の1名はタイからの留学生です。

10月23日に開講式が行われた後、翌24日には日本酒造りの最初の工程となる精米から実習がスタート。学生たちは毎日のように研究所へと足を運び、日本酒ができるまでの全ての工程を経験していきます。「清酒醸造実習」は課外活動扱いのため単位の取得はできませんが、それでも酒造りを学びたいという強い意志を持った学生たちが集まっているため、皆さん積極的に実習に参加されているそうです。

本格的な規模で行われる「清酒醸造実習」

  • 酒米

    酒米には岐阜県産の「ひだほまれ」と「酔むすび」の2種類を使用

2025年度の「清酒醸造実習」では、地元の酒蔵でよく使われる岐阜県生まれの酒米「ひだほまれ」と、近年開発された岐阜県発の新品種「酔むすび」を使用。精米歩合はどちらも50%とし、岐阜県食品科学研究所が開発したG2酵母を使用した「オール岐阜の純米大吟醸」をそれぞれタンク1本ずつ仕込みます。

指導を担当する岐阜県食品科学研究所 主任専門研究員 澤井美伯さんによると、今回の実習では酒米をそれぞれ50kg使用しているとのこと。醸造するタンクは200リットル規模のものを使用し、無事に醸造が進めばタンク1本につき原酒ベースで約90リットルもの日本酒ができあがるそうです。1升瓶で換算すると50本程度と考えると、しっかりした規模での実習ということがよく分かります。

  • タンク

実習だからこそ基本に忠実な酒造り

11月10日に訪問した1回目の取材は、まさに日本酒造りのど真ん中のタイミング。三段仕込みの二段目となる「仲添」の作業と翌日に行われる「留添」の準備を、澤井美伯らの指導を受けながら学生たちが取り組みました。

  • 清酒醸造実習スケジュール表

「仲添」の作業では、あらかじめ洗米して水分調整した米を蒸米にするところからスタート。米を蒸すのは醸造用に用いられる本格的な蒸米機。この中に蒸し布でくるんだ米を並べ、高温の蒸気で蒸し上げます。

  • 蒸米機

米を蒸している間の空き時間には、翌日の「留添」に使う酒米を計量しながら水分量を調整。精密なはかりで重量を正確に量りながら、電動式の霧吹きを使って目標の重量になるまでまんべんなく水を拭きかけていきます。こうした水分量の調整を非常に丁寧に行っているのも「実習」ならではの風景。一つ一つの作業を基本に忠実に行い、大学の講義で学んだ理論と実際の酒造りの現場で行っていることを結びつけることができます。

  • 酒米を計量しながら水分量を調整

    水分量調整後の重量も細かく記録

米が蒸し上がった後は、機械にかけながら手分けして放冷。立ちこめる蒸米の良い香りも、学びの一つです。

  • 米をほぐして冷ます様子

    放冷機にかけながら米をほぐして冷ますのも学生が行います

十分に米が冷めたら、タンクの中に米を投入。最後に櫂入れをしてよく混ぜ合わせ、この日の実習は終了となりました。

  • もろみ造り

いよいよ日本酒が完成! 果たしてその味は?

その後も学生たちは毎日のように研究所へと足を運び、澤井さんらの指導をうけながらもろみの発酵を管理。発酵途中のもろみの“味”の変化を確かめながら、学生たちが主体となっておいしい日本酒へと仕上げていきます。

2025年は発酵が早く順調に進んだとのことで、12月1日には上槽ができるように。筆者も再度訪問し、学生たちが造り上げた日本酒が搾られる瞬間を取材しました。

  • もろみの発酵

毎日発酵管理を続けてきた日本酒がいよいよ完成!

  • 日本酒造り搾り作業

実習での搾り作業は、昔ながらのスタイルで実施。まずは、タンク内で発酵が進んでいたもろみを「酒袋」と呼ばれる布製の袋に小分けにして詰めていきます。

もろみが入った袋は口元をしっかりと縛り、実際の搾りを行う「槽」の上に並べます。

  • 酒袋

酒袋を並べていくと、もろみそのものの自重により槽口から液体が徐々に流れ出しはじめます。これこそが、約1ヶ月半の実習を通じてできあがった「初しぼりの日本酒」です。

  • あらばしり

    日本酒がいよいよ完成へ

この段階で得られるのは、圧力をかける前にもろみそのものの自重によって自然に搾られる「あらばしり」と呼ばれる部分。翌日以降に圧力をかけて「中取り」「責め」をさらに搾っていきます。

搾られたばかりの日本酒には様々な固形分が含まれているため、透明ではなく黄白色に濁っているのが特徴の一つ。写真左奥側が「酔いむすび」、右手前側が「ひだほまれ」で仕込んだものとなりますが、酔いむすびのほうは少し黄色が強い印象を受けました。

こうして搾られた日本酒は、この後、「滓引き」や「濾過」を経て搾ったお酒の中に含まれる固形分を取り除かれ、澄んだ「清酒」となります。

しぼりたての超フレッシュ日本酒をみんなで試飲!

この日の実習の最後には搾ったばかりの日本酒の味を楽しめる「官能試験」も実施。槽口から流れ出る日本酒を直接カップにくみ取って試飲します。ここで試飲するお酒は、いわば“純米大吟醸 無濾過生原酒”の本当のしぼりたて。通常では酒蔵に勤めていない限り味わうことができない日本酒です。

  • しぼりたての日本酒

    搾り最中のタンクからしぼりたての日本酒を直汲み!

学生たちは「ひだほまれ」と「酔むすび」を交互に試飲。感想を聞いたところ「ひだほまれ」の方が少し甘めで濃い味わい、一方の「酔いむすび」は少し辛口であっさりスッキリとした味わいになっていたとのことでした。

ちなみに、澤井さんができあがった日本酒について測定分析を行ったところ、「ひだほまれ」の方がアルコール度数17.12%・日本酒度-2.6であったのに対し、「酔むすび」はアルコール度数17.88%、日本酒度+0.17と学生の印象を裏付けるデータとなっていました。同じ水、同じ精米歩合、同じ環境、同じタイミングで仕込んでいても、このようにアルコール度数や味わいの違いが生じるのも日本酒の面白さです。

今回の取材では、筆者も特別に官能試験に参加。貴重な日本酒を体験させていただきました。

  • 日本酒試飲

    左が「酔むすび」、右が「ひだほまれ」 酔むすびの方が若干ながら黄色みが強い

「ひだほまれ」で造られた日本酒は強めのアタックがある口当たり。飲み進むにつれて甘味がふくらみ、余韻にかけてアルコールの香りがふわっと感じられるのが印象的でした。一方の「酔むすび」は少し辛口な仕上がり。こちらは味わいの中にわずかに酸味が感じられ、キレのある味わいになっているように感じました。

日本酒造りの全てを実体験で学べる「清酒醸造実習」

1ヶ月以上にわたって毎日研究所へと足を運び、ようやくできあがった日本酒。受講生たちから「我が子のようです」との感想が出るのも納得です。しかし、清酒醸造実習はここで終わりではありません。この後も、滓引きや濾過、瓶詰め、火入れなど「製品としての日本酒」ができあがるまで引き続き行われます。これらの工程の中でも、日本酒の味がどのように変化するのかを“舌”で体験することができます。

酒造りの全ての工程を本格的な規模で経験することができる「清酒醸造実習」。「大学のキャンパスの中にある公立研究施設」という立地を存分に生かした素晴らしい取り組みでした。

  • 初回訪問時には岐阜大学の上空に虹が出現 学生たちの奮闘を見守っているようでした

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