火災から立ち上がる水谷酒造(愛知県)・「義侠との共同醸造」という千瓢の新たな挑戦+新酒発売情報

  • 酒蔵の入り口の前に立つ男性2名と女性1名

    (左から)後藤実和氏、山田昌弘氏、水谷政夫氏

愛知県愛西市で日本酒「千瓢(せんぴょう)」を製造してきた水谷酒造は、江戸時代末期に創業した老舗の酒蔵だ。しかし、2024年春の火災で酒蔵が全焼するという未曽有の試練に直面した。それでも立ち止まることなく、同じ愛知県内の山忠本家酒造「義侠」の支援を得て、間借りではなく、共同醸造という形で酒造りを再開。新たな挑戦へと踏み出した。

11月には新酒「千実 紅掛空 生原酒」と「千瓢 純米 あいちのかおり 生原酒」、12月5日には「千瓢 純米 あいちのかおり 火入」と「千実 紅掛空 火入」を出荷。来年4月以降にも、新酒を順次リリース予定だ。

火災からの再出発を支えたのは、水谷政夫社長の揺るぎない覚悟、次世代杜氏を目指す後藤実和氏の情熱、そして受け入れ側として大きな決断を下した山田昌弘社長の想いだ。それぞれの視点を通して、火災から現在までの経緯を紐解き、醸造現場の様子を取材した。

2024年5月に発生した火災事故

  • 火災が起こっている家屋

    火災発生時の建物の様子(撮影日:5月9日)

2024年5月9日 14時半頃、水谷酒造の蔵人である後藤実和氏が日本酒の加熱処理(火入れ)を行っていた際、炉から火が立ち上がるのを発見し通報した。幸いにも怪我人はおらず人命被害はなかったが、一部のタンクや濾過装置を除き、木造平屋の酒蔵がほぼ全焼する事態となった。外部で保存してあった自社酵母は焼失を免れたものの、酒造りに必要な設備をほぼすべて失う結果となった。

  • 火災で建物が消失してしまった様子

    被害を受けた酒蔵の様子

  • 火災後から物を運び出す人々

  • 焼けてしまった日本酒の瓶

愛知県・水谷酒造の沿革

  • 古い酒蔵の建物

    水谷酒造 (愛知県愛西市鷹場町久田山12番地)

水谷酒造の創業は江戸時代末期。「千瓢(せんぴょう)」というブランド名は、豊臣秀吉の馬印「千成瓢箪」に由来し、豊かな実りと未来への希望を象徴している。長年、越後杜氏が醸造を担い、地元農家「アグリ・サポート」と提携して、地域農地の維持にも貢献してきた。その努力が実を結び、平成8年度全国新酒鑑評会では金賞を受賞し、高い品質が評価された。2000年頃、杜氏が高齢化により引退したのを機に、当時の社長である水谷政夫が蔵元杜氏として醸造と経営の両立にあたるようになった。将来を見据えた体制づくりとして、「アグリ・サポート」代表の立松豊大が外部役員として参画し、経営や酒造りに深く関与するようになった。さらに2021年には、製造側の次世代を担う人材として名城大学で日本酒を学んだ後藤実和が参画した。ようやく安定した体制が整い、未来への展望を描き始めた矢先、2024年5月に火災という大きな試練が襲った。

火災後の状況と、義侠での“共同醸造”

火災直後は近隣住民へのお詫びや事故処理に追われ、水谷社長も「被害の大きさに、一時は廃業も視野に入れた」と振り返る。しかし、多くの応援者に背中を押され、再起を決意するに至った。6月29日、自社ホームページには水谷社長と後藤氏の連名で「皆さまのご支援を力に、酒造りを続けていきます」とのメッセージが掲載された。見通しは立っていなかったが、このメッセージは2人の決意を示すものだった。

  • ホームページのスクリーンショット

    2024年6月29日、水谷酒造ホームページに掲載された直筆の書面

周囲の酒蔵から「手を貸したい」という声は多かったものの、自社の製造スケジュールが詰まっていたり、条件が合わなかったりと実現には至らなかった。水谷酒造の建物を再建するには、短期間では到底終わらない長い道のりが予想される。そんな中、関係先を奔走する水谷社長のもとに、山忠本家酒造(愛知県愛西市)の山田社長から「自社の設備を使って代表銘柄『千瓢(せんぴょう)』などを一緒に製造する“共同醸造”を行わないか」という提案が届いた。この申し出をきっかけに、共同醸造が決定した。
山忠本家酒造は、同じ津島酒造組合に所属していたこともあり(現在は愛知県酒造組合に統合)、先代の頃から水谷酒造との交流があり、さらに後藤氏が大学在学中に酒造の実習を行った研修先でもあった。このような縁の深さもあり、山田社長は火災発生中に後藤氏から連絡を受け、すぐに現地へ駆け付けた。その後も、酒造組合に掛け合って火災義援金口座の開設を主導するなど、裏方として支援活動を続けていた。

  • 米の蒸し器から蒸された米を取り出し運ぶ様子

    蒸米を掘り、運ぶ様子。左から水谷酒造 水谷政夫社長、後藤実和氏、山忠本家酒造 醸造責任者・神谷一樹氏、長谷川祐司氏。

  • 床にゴザを敷き、その上に布を広げ、蒸した米を冷ます様子

    「千瓢」に使用する原料米を会社の垣根を超え、みんなで放冷している。

水谷社長は次のように語る。「最初、私は『間借り』という言葉を使っていたのですが、山田社長から『共同醸造、ともに酒を造るという考え方でなければ困る』と強調されました。先代の頃からお世話になっており、山田社長は私より18歳も若いのですが、その一言にハッとさせられました。うちの造りは『義侠』とは米も酵母も全く違いますが、それでも醸造責任者の神谷さんが『面白そう』と笑って快諾してくれた。本当にありがたいことです」。

  • 更地になった酒蔵跡

    更地になった、水谷酒造の現在の様子

火災から1か月後の6月、火災跡地は更地となった。事故後の処理を進めつつ、現在は共同醸造を行いながら再建への道を歩んでいる。

「火災を乗り越え、新たな挑戦へ」―水谷酒造 水谷政夫 社長の決意

  • インタビューを受ける男性

    水谷 政夫(みずたに まさお) 水谷酒造 代表取締役

「私には後継者がいなくて、原料米の生産者でもあるアグリ:サポートの社長・立松さんと経営の将来について話し合いを進めようとしていた矢先の火災で、何をどうしたらいいのか正直途方に暮れました。でも、蔵元としてお酒を作り続けることが自分の使命だと強く感じ、再建への道を選ぶことにしました。今は義侠さんの協力を得て酒造りを再開していますが、これは一時的な復興というだけではなく、新しい挑戦だと思っています。酒蔵を新設する際には、現代の衛生基準や作業効率を徹底的に考慮しつつ、他社の実例も踏まえながら、特に動線の効率化や労務環境の改善にはこだわりたいですね。この経験を糧にして、これからの酒造りに全力を注いでいきたいです。」

水谷 政夫(みずたに まさお) 水谷酒造 代表取締役 1963年生まれ。大学卒業後、北海道の農業法人に勤務中、父の急逝を受け22歳で水谷酒造に入社。社長に就任し、越後杜氏のもとで酒造りを学ぶ。35歳で蔵元杜氏となり、一人体制で製造を開始。宝酒造の下請けを廃止し、自社ブランド「千瓢」を磨き上げ、地域に愛される酒を確立する。後継者不在の中、取引先である有限会社アグリ・サポートの立松豊大氏と協力を開始し、製造では名城大学卒の後藤実和氏を迎え入れる。新たな体制構築を進める中、火災事故が発生。現在、立松氏とともに再建を目指している。

「酒造りをしている時が幸せ」―水谷酒造 蔵人・後藤実和の思い

  • インタビューを受ける女性

    後藤 実和(ごとう みわ) 水谷酒造 蔵人/杜氏見習い

「火事があったのは本当にショックでした。でも、それ以上に多くの方から支援の声をいただいて、気持ちを奮い立たせることができました。山田社長から『うちで酒を造ろう』と言われたときは、感謝の気持ちでいっぱいでした。酒造りは自分の原点であり、酒造りをしている時が幸せ。続けていきたい仕事です。今まで水谷さんと2人体制だったので、現在は、チームで酒造りをすることの全てを学んでいます。ここでは麹室の湿度や動線など、何もかもの勝手が違います。だから「千瓢」をただつくるのではなく、どうすればより良い酒になるのか、指導を受けて、再構築するように仕込みました。社会人としても、蔵人としても日々学ばせていただき、吸収しています。 協力を得て、なんとかリリースできる今期の新酒。みなさまに味わっていただければ幸いです。」

後藤 実和(ごとう みわ) 水谷酒造 蔵人/杜氏見習い 1998年生まれ。名城大学農学部応用生物化学科で学び、日本酒サークルに所属。在学中に酵母や酒造りの技術、歴史を学ぶ。2021年に卒業後、有限会社アグリ・サポートに入社し、水谷酒造に出向。酒造りに専念しながら将来の杜氏を目指して奮闘する中、自身のブランド「千瓢 千実(ちさね)」を立ち上げ、その熱意と行動力が注目される。これをきっかけに、足掛け3年にわたる長期取材を経て製作されたドキュメンタリー映画『かもすひと』が2023年に公開された。翌年、火災事故により水谷酒造が甚大な被害を受けるも、その後、山忠本家酒造に活動拠点を移し、「千瓢」の共同醸造や「義侠」の製造に携わりながら日々研鑽を積んでいる。

異なる蔵の協力が生む、新たな酒造りの形

  • 棚に並んだ日本酒の瓶

水谷酒造と山忠本家酒造の関係は、両蔵の先代たちの深い交流から始まっている。『義侠』の先代である山田明洋氏は、若手の蔵元として酒造組合で活躍し、地域や業界内の調整役を担っていた。その中で水谷酒造の前代当主とも会議や組合活動を共にし、飲みの席を通じて親交を深めた。この絆が信頼関係の基盤となり、現在の協力に繋がっている。
両酒蔵では、酒のタイプが異なり、使う米や酵母も全く違う。このような状況では、酵母の混入(コンタミネーション)が懸念される。酵母のコンタミとは、他の酵母や微生物が混ざることで、本来の酵母の働きが乱される現象のことだ。これによって香りや味わいが変化し、お酒の品質に影響が出るため、酒造りでは特に注意が必要だ。このようなリスクを理解した上で、『義侠』は設備の提供と協力を行い、水谷酒造が酒造りを継続するための支えとなっている。

  • インタビューを受ける男性

    山田昌弘(やまだ まさひろ)山忠本家酒造 11代目 代表取締役

山田昌弘(やまだ まさひろ)山忠本家酒造 11代目 代表取締役 1982年生まれ。同志社大学神学部在学中、アルバイト先の居酒屋で「誇りを持ち、家族を養い、人生を楽しむ大人」の少なさに衝撃を受ける。その時、すべてを満たしていたのが父親だと気づき、「父を超える人生を送りたい」と決意。大学2年の秋、酒蔵を継ぐことを決めた。卒業後、食品スーパーで経験を積み、2007年に山忠本家酒造へ入社。酒造りの見直しと改善に取り組み、2019年、先代の他界を受け代表に就任。「チーム義侠」を合言葉に、全員で日々工程のPDCAを回し、常に進化を目指している。

  • 酒蔵の建物の外観

    山忠本家酒造

山忠本家酒造(愛知県愛西市日置町1813)
山忠本家は江戸時代中期創業の老舗酒蔵だ。酒銘「義侠」は、明治時代の天候不良による腐造が相次ぎ、多くの蔵が値上げに踏み切る中、採算を度外視して契約を守った姿勢を評価されて酒屋から贈られた。「義侠」ブランドを高めるため、先代は桶売りを辞め、兵庫県特A地区の山田錦を求めて奔走。初めは門前払いされるも、東条地区に通い続け少量ずつ入手するようになった。これを契機に「東条を日本一の酒米産地に」と掲げ、酒蔵や農家を巻き込んで「フロンティア東条21」を立ち上げた。その活動は酒米農家との交流や東条山田錦を活用した酒造りを通じ、業界全体に影響を与えている。現在の社長 山田昌弘氏は「原料に勝る技術はない」と語り、「農家が輝き、儲かる世界を作りたい」と願いながら、酒米の可能性を最大限に引き出す酒造りを続けている。

水谷酒造、再建へのカギと未来への道

  • 日本酒のタンクで櫂入れの作業をする男性と女性

    「千瓢」の仕込み作業をする後藤氏と水谷社長

  • 日本酒の瓶とグラス

水谷酒造は、火災による全焼という試練に直面し、まだ復興の目途が立っていない。それでも第一歩として、現在は地元の山忠本家酒造と共同で酒造りを行い、新蔵建設に必要な資金の借り入れを視野に入れて、売上実績を積み重ねている。
今後は、アグリ:サポートの立松氏と水谷氏が将来の経営について話し合いを進め、「水谷酒造らしさ」を守りながらも、現代的な酒造りに挑戦できるような新しい酒蔵のコンセプトを明確にしていく必要がある。その際、『義侠』との共同醸造で得た知識や経験が大いに役立つだろう。「美味しい酒を届けたい」という信念を軸に、水谷酒造は新たなスタートに向けた準備を着実に進めている。

  • 畑の中に立つ男性

    立松 豊大(たてまつ とよひろ) 有限会社アグリ:サポート取締役

立松 豊大(たてまつ とよひろ) 有限会社アグリ:サポート取締役 大手自動車部品メーカー勤務を経て、家業である農業法人に入社。地元地主から借り受けた農地約97%を耕作し、耕作放棄地の解消に取り組む。先代より水谷酒造に食用米「あいちのかおり」を提供し続け、農薬使用量を通常の50%以下に抑える徹底した管理を実践。日本の田園風景を次世代に継承することを目指している。水谷酒造においては後継者候補として外部役員として出資し、経営や酒造りに深く関与。アグリ・サポート社内で酒造希望者を募集したものの該当者がいなかったため、後藤氏と出会いを経て協力体制を構築。再建に尽力している。

義侠とともに醸す、千瓢に込めた再建への決意

水谷酒造は、再建を目指し、同じ地域の義侠との共同醸造を通じて、「千瓢」に新たな息吹を宿しつつ、伝統を守りながら未来への挑戦を続けている。その歩みは、まだ途上にある。しかし、義侠との共同醸造で培った経験と絆が、次の一歩を支える確かな土台となっていくだろう。

  • 米が蒸しあがるのを見守る人々

筆者は「千瓢」の仕込みに合わせ、取材前日に山忠本家酒造(『義侠』)を訪れた。夜は、山田昌弘社長、醸造責任者の神谷一樹氏、後藤氏の三人とともに鍋を囲んだ。その夜、神谷氏と後藤氏は麹の夜当番を担当しており、時折、麹室の温度センサーと連動した携帯アプリを確認する姿が見られた。後藤氏が慣れた手つきで「温度の上がり方が…」と相談すると、神谷氏は「どう思う?もう少し待ってみよう」と穏やかに応じ、丁寧に何度も意見を交わしていた。

そこには、間貸しで「千瓢」を醸しているのではなく、『義侠』のスタッフみんなで若い醸造家である後藤氏を支え、知識を教授する責任をしっかりと担っている様子が感じられた。不遇の状況にも負けず、地元で酒造りを続ける後藤氏を受け入れ、その成長を見守る覚悟がこの共同醸造に込められているようだった。

  • 日本酒の瓶

現在リリースされている新酒には、再建を目指す水谷酒造の熱意が凝縮されている。これから登場する商品にも注目しながら、その一杯に込められた「いま」の水谷酒造の姿をぜひ感じてほしい。

千瓢・千実 新酒リリース&SNS情報

11月21日 出荷開始 「千実 紅掛空 生原酒」
11月28日 出荷開始 「千瓢 純米 あいちのかおり 生原酒」
12月05日 出荷開始 「千瓢 純米 あいちのかおり 火入」
12月05日 出荷開始 「千実 紅掛空 火入」
2025年4月上旬以降  新酒順次リリース予定

※詳しいリリース情報などはこちらをご覧ください。
 水谷酒造ホームページ  https://www.mizutanishuzou.jp/
 Instagram https://www.instagram.com/mizutanishuzo/
 X  https://x.com/senpyo1129
 Facebook  https://www.facebook.com/mizutanishuzou
蔵人・後藤実和Instagram https://www.instagram.com/miwa_senpyo44/

 

  • 商品を紹介するチラシ

水谷酒造のお酒が買えるお店

東屋酒店  愛知県知立市新池3丁目68 
サケハウス  愛知県あま市七宝町下田西長代1335-1
たちばなや  愛知県あま市木田八反田17-3
知多繁   愛知県名古屋市昭和区池端町1-18 
成田酒販   愛知県名古屋市東区芳野1-8-5
久田酒店  愛知県名古屋市中川区東中島町8丁目31番地 
森正酒店  愛知県名古屋市南区鳴尾1-129
リカーワールド21シバタ  愛知県名古屋市中村区名駅3-9-18名駅シバタビル
ごとう屋  愛知県名古屋市北区八代町1-10-1
The蔵プティプレリ  愛知県名古屋市中区丸の内3丁目7-30
酒のまさし  北海道札幌市白石区東札幌四条1丁目3番8号
鴨下酒店  東京都府中市本宿町2丁目12-11
未来日本酒店&SAKE BAR  東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷PARCO B1F
マツザキ新宿店  埼玉県川越市新宿町1-25-48
酒のひろせ  岐阜県岐阜市柳津町本郷3丁目186

水谷酒造のお酒が飲めるお店

お燗とvinめし くいぜ  愛知県名古屋市東区葵2丁目11-22 アバンテージ葵1階
木花咲耶  愛知県名古屋市中区大須3丁目42-23
ひだ  愛知県名古屋市中区錦3-19-30 第三錦ビルB1F
居酒屋こころ  東京都千代田区神田紺屋町37番地 斉木第3ビル1F
居酒屋ちぇけ  東京都千代田区神田北乗物町15番地 ルニ神田3階
銀座こびき  東京都中央区銀座6丁目16-6

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