蔵の中から|「孝の司」柴田酒造場・195年の蔵を繋ぐ。9代目が銘柄を変えずに、その魂を磨き直した理由

  • 酒蔵 集合写真

全国各地に点在する酒蔵。その扉の向こう側には、造り手たちの数だけ、葛藤と再生の物語があります。
本連載では、日本酒ジャーナリスト・関友美が各地の蔵を巡り、その酒の背景にある情熱と景色をたどります。私自身、かつて蔵の中で麹(こうじ)と向き合い、汗を流した元蔵人。だからこそ、表面的な言葉だけでなく、現場の切実な熱量をすくい取りたいと考えています。

記念すべき第1回は、愛知県岡崎市の山あい、標高350メートルの地で1830年から続く「柴田酒造場」を訪ねました。

標高350メートル、人口250人の集落で起きている「奇跡」

  • 柴田酒造 外観

愛知県岡崎市の中心部から車を走らせること約40分。徳川家康公ゆかりの奥三河、標高350メートルの山あいにあり、人口わずか250人ほどの小さな集落・保久町神水(かんずい)に、いま日本酒のプロたちが熱い視線を注ぐ酒蔵があります。

  • 柴田酒造 看板銘柄「孝の司(こうのつかさ)」

看板銘柄「孝の司(こうのつかさ)」の味わいが、近年、驚くべき進化を遂げています。もぎたての白ブドウやライチを丸かじりした時のような鮮烈なみずみずしさと、やわらかな口当たり。そして一点の曇りもない透明感。ひと口飲めば「うまい!」と直感させるその輝きは、プロたちの間でも「透明感が桁違いになった」「軟水の理想形だ」と話題を呼んでいます。、この劇的な変化の背景には、9代目蔵元・柴田佑紀(しばたゆうき)さんが、自らの惨敗を経て辿り着いた不退転の決意がありました。

  • 柴田酒造 九代目蔵元 柴田佑紀

柴田 佑紀(しばた ゆうき) 合資会社柴田酒造場 九代目蔵元
1989年、岐阜県多治見市生まれ、愛知県岡崎市育ち。南山大学法学部卒業。在学中、バックパッカーとして世界約20カ国を旅する。卒業後大手自動車部品メーカーに入社し管理会計を専任。米国オハイオ州への駐在時に、高校時代からのパートナーであり柴田酒造場の長女である充恵(みちえ)さんと結婚。2017年4月、退職し柴田酒造場へ入社、九代目の継承者として養子縁組を行った。現場修行と並行しMBAを取得。2023年、九代目蔵元に就任。「数字」の客観性と土地を慈しむ「感性」を融合させ、195年の伝統を次代へと繋いでいる。

オハイオの空の下で交わした、高校時代からの絆の物語

  • 岡崎市保久町神水 山あい

    酒蔵は、岡崎市保久町神水(かんずい)の標高350mの山あいにある。

名鉄・東岡崎駅で私を迎えてくれたのは、社長の佑紀さんでした。酒蔵まで車を走らせる道中、彼はこれまでの道のりを、噛みしめるように話してくれました。
物語の核心には、佑紀さんと妻・充恵さんの、固い絆があります。二人の出会いは高校時代。交際を続け、佑紀さんが駐在員としてアメリカへ赴任した際には、結婚をしてともに海を渡りました。

  • 田を案内する男性

    酒蔵からすぐの場所にある自社田を案内してくれた佑紀さん。

佑紀さんは管理会計のプロとして、現地法人の経営を支えるエリートビジネスマン。将来を嘱望されるキャリアの真っ只中にありましたが、充恵さんの心には常に、故郷である蔵の姿がありました。8代目である父が「自分の代で蔵を畳む」と口にしたとき、充恵さんは「孝の司の灯を消したくない。この酒や景色を守りたい」と佑紀さんに想いを告げたのです。

充恵さんの想いを受けた佑紀さんにとっても、神水(かんずい)は高校時代から親しみのある地でした。2017年、二人は将来を約束されたキャリアを脱ぎ捨て、この場所へと帰還したのです。

  • 田んぼと酒蔵

    周囲の田んぼから見た柴田酒造場の外観

「これではダメだ」――2023年の惨敗が、投資と組織を変えた

  • 日本酒を持って記念撮影をする男性2名

「酒造りと経営を真に両立させるため」と、蔵に入った後にMBAを取得。経営再建にストイックに打ち込んできた佑紀さん。酒の味わいは着実に向上し、手応えを感じ始めていた彼を待ち受けていたのが、2023年の試練でした。

若手蔵の祭典「若手の夜明け」への参加です。当時はまだ審査制ではなく、同じ愛知県の「敷嶋」からの推薦を受けての参加でした。雑誌『dancyu』の特集に取り上げられた直後で期待もありましたが、当日の光景は残酷でした。ブースを訪れる客はまばら。売上の杯数が、行列を作る周りの蔵と比べて明らかに少なかったのです。

  • イベントに訪れた人と話す蔵人

「無名だからじゃない。単純に、味わいがまだまだなんだ」。

実は私も当時、その場で「孝の司」を飲んでいました。正直に申し上げれば、味を覚えていないのです。以前より良くなってはいたものの、プロやファンの記憶に刻まれる圧倒的な個性が、当時はまだ欠けていました。


この惨敗が、佑紀さんのハングリー精神に火をつけました。2024年夏、ついに「孝の司」のブランドリニューアルを敢行します。

ドイツ硬度0.2の「水」と心中する。原料とハードの両面からのアプローチ

  • 井戸

再構築の核となったのは、水でした。
仕込み水「神水(かんずい)」は、ドイツ硬度0.2(アメリカ硬度3.5mg/L)という、国内でも類を見ない超軟水です。日本で最も親しまれている天然水の一つ「い・ろ・は・す」の硬度が約27〜40mg/L(採水地により異なる)であることを考えると、3.5mg/Lという数値がいかに桁外れであるかが分かります。

蔵の裏手の山の地層に秘密があります。本来、水は地中深くを旅するほどミネラルを吸収しますが、この地の強固な花崗岩(かこうがん)の岩盤は水を容易に浸透させません。山の急斜面に設けられた集水箇所へ、雨水が表面のわずかな風化層を滑るように通り抜けて集まってくる。ミネラルを抱え込む隙(ひま)さえなく届く水。

  • 井戸の中

佑紀さんは刷新に合わせ、かつての蔵の常識であったミネラル添加剤(発酵助成剤)を完全に廃止しました。
この「無添加・超軟水」という、醸造学的に極めてリスクの高い設計を「確かな味」へと変えたのは、戦略的な設備投資でした。佑紀さんは、酒造りの工程を遡(さかのぼ)るように「出口」から順に投資を断行しました。これは世界で活躍するトップクラスの酒蔵において、近年の定説となりつつある戦略です。

  • 井戸

いくら良い麹(こうじ)を造り、理想の醪(もろみ)を醸しても、搾った後の移送や瓶詰めまでの段階で酸化や微生物汚染を許せば、超軟水特有の繊細な輝きは損なわれてしまうからです。

まず搾り機(ヤブタ)の出口に、空気に触れさせず酒を送るポンプと垂壺(たれつぼ)を導入。さらに、酒質の透明感を決定づけたのが、濾過フィルターを収める容器であるサニタリーハウジング(KPD製『サニハウ+プラス』)の刷新でした。

  • KPD製『サニハウ+プラス』

「とことん分解して洗えること」に徹したこの設備により、従来の構造では防げなかった微細な雑味のリスクを徹底排除。続いて最新のジャケットタンクや大型冷蔵庫を新設し、ハード面から「素直で無垢な透明感」を実現する環境を完結させたのです。

「ソフト面の改善だけでは限界がある。ハードを整えて初めて、狙った通りの酒質が実現できる」と佑紀さんは語ります。

先輩から受け取った全員野球の哲学。「チーム孝の司」で醸す今の味

  • 仕込み蔵

    仕込み蔵の様子

現在の製造規模は年間約540石。現場を守るのは、佑紀さんと製造責任者の伊藤静香(いとうしずか)さんを含む5人の精鋭チームです。現在は週に2本のペースで仕込みが行われており、一人ひとりが複数の持ち場を支える、非常に密度の高い現場です。
将来的には製造量とスタッフをさらに拡充し、各メンバーが全工程に精通したローテーション制を敷くことで、この地での酒造りをより盤石で持続可能なものにしていこうとしています。
その挑戦を支えているのは、「組織の力」です。このチームの最大の特徴は、蔵元や杜氏が一人で決めるのではなく、全員が現場で常に議論し、日々工程のPDCAを回し続ける組織文化にあります。

佑紀さんが大きな影響を受けたのは、同じ愛知県で「義侠(ぎきょう)」を醸す山忠本家酒造の山田昌弘さんの存在でした。

  • 製造責任者の女性

    製造責任者の伊藤静香さん。佑紀さんのロジカルな戦略を、確かな技術と現場管理能力で具現化する、蔵の要だ。

「山田さんから学んだのは、スーパーヒーローはいらないということ。一人のカリスマに頼るのではなく、全員で良い酒を目指す『全員野球』が僕たちの理想です」。
先輩蔵元から受け取った哲学を胸に、柴田酒造場は今、誰が欠けても成立しない「チーム孝の司」として歩んでいます。

  • 仕込み蔵の様子

    近年投資したKPD社製の垂壺(左)とやさしく送れるサニタリーポンプ(右)

現場での粘り強い議論から導き出した「低精白(80%)×原形精米」という独自の設計。
ロジカルな設備投資と、チーム一丸となった「引き算」の酒造りが結実し、選考会制度が始まった2025年の「若手の夜明け」審査会では、冷酒部門1位、総合2位という最高の結果を叩き出したのです。

  • 麹室内部の様子

    麹室内部の様子

  • 麹

食卓で交わされる「家族の調和」。そして宿「脈(MYAKU)」へ

  • 一棟貸しの宿「脈(MYAKU)」外観

    一棟貸しの宿「脈(MYAKU)」の外観。

佑紀さんの改革を支えているのは、決して孤独な決断ではありません。柴田家は驚くほどオープンな家族です。夫婦で食卓を囲みながら当たり前のように仕事の話をし、それを聞いている子供たちが、時におませな口出しをして大人の会話に混じってくる。そんな賑やかで温かな調和が、蔵全体の空気を作っています。

2025年末、佑紀さんは先代である会長と共に、蔵の宝である「神水の井戸」の周辺を掃除しました。世代を超えて同じ水を守るその姿に、195年の歴史が「脈(みゃく)」として受け継がれていることを感じずにはいられません。

  • 一棟貸しの宿「脈(MYAKU)」内観

photo by fujiko

その想いが形になった場所が、2026年1月にオープンする一棟貸しの宿「脈(MYAKU)」です。
かつての簡易郵便局を改装したこの宿は、「Okazaki Micro Hotel ANGLE」を運営する飯田圭さんと共に開業しました。「いくら過疎の町であっても、この地を絶対に守り抜く」。そんな彼らの強い責任感が体現された場所です。

  • 「蔵cafe一合」内観

photo by fujiko

9代目の決意を、次女の梨絵(りえ)さんが運営する「蔵cafe一合」も含め、家族や社員が「チーム」として一丸となって支えています。
一人のエリートビジネスマンが家業を救った、という安易な物語ではありません。これは、神水という土地を愛する人々が、それぞれの役割を持ってバトンを繋ぎ直した、泥臭くも清らかな再生の記録なのです。

  • 「蔵cafe一合」店舗とメニュー

    酒蔵に寄り添う形で位置する「蔵cafe一合」。愛知県はカフェ文化が盛んで、プレミアムバーガーや酒粕バスクチーズケーキなど人気で、山奥ながら遠方から駆けつける若い女性が後を絶たない。

  • 田植え体験 集合写真

    2021年から毎年開催されている一般参加型イベント「Tanbo Lab.」。近隣の高齢農家支援を兼ねた自社米栽培の一環であり、参加者は田植え体験を通じて、米作りから始まる酒造りの物語を深く学ぶ。

  • 柴田酒造「孝の司」

帰路の車中、私の口の中には、あの透明感あふれる「孝の司」の余韻が残っていました。
それは、数十年かけて岩盤を潜り抜けてきた神水の清らかさと、それを信じ抜いた若きチームの情熱が混ざり合った、かけがえのない味です。
彼らはきっと、この地で酒を醸す以上の『何か』を成し遂げるに違いない。
そんな確信にも似た期待を抱き、私は山を降りました。

【蔵元・施設情報】合資会社柴田酒造場

  • 所在地:愛知県岡崎市保久町字神水39
  • 代表者:九代目蔵元 柴田 佑紀
  • 製造責任者:伊藤 静香
  • 主要銘柄:孝の司
  • 公式サイトhttps://www.shibatabrewery.com/
  • 公式インスタグラム:https://www.instagram.com/shibata_sake/
  • 一棟貸し宿「脈(MYAKU)」:2026年1月オープン予定(飯田圭氏との共同プロジェクト)

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