日本酒ファンも知らない「杉玉」の世界 酒蔵に新酒のシーズン到来を告げる「杉玉」作りの様子を見せてもらいました【レポート】
2024年の日本酒造りが始まりました。新酒のシーズンがやってくると共に酒蔵で行われるのが「杉玉」の交換。その年で最初の日本酒ができあがるのに合わせ、新しい杉玉に交換するのが習わしとなっています。
そこでSAKETOMOは、酒蔵に新たな季節の到来を告げる「杉玉」に注目。岐阜県下呂市・飛騨萩原エリアにて杉玉づくりを手がける杉玉職人・熊﨑惣太さんに杉玉づくりの様子を見せていただきながらお話をお伺いしました。
そもそも「杉玉」とは?
酒蔵に掲げられている「杉玉」とは、その名の通り杉の葉で作られた球体のこと。「今年も美味しいお酒ができますように」という願いが込められた縁起物であり、酒蔵を象徴するものともなっています。
酒蔵に杉玉が掲げられるようになったのは江戸時代中期の頃。“酒造りの神様”として信仰を集めていた大神神社(おおみわじんじゃ/奈良県桜井市)で行われているご神体である三輪山の杉の葉を束ねた「酒林(酒ぼうき)」と呼ばれるものを酒屋の軒先に吊すようになったのが原型と言われています。
当初は醸造の安全祈願として掲げられていた杉玉ですが、大神神社で行われる醸造安全祈願祭が新酒の時期と重なる11月に開催されることもあり、「新酒が出来た」ことを知らせる目印としての役割も担うようになりました。現在ではその年で最初の日本酒が完成する11月頃に新しい杉玉に取り替えるのが一般的です。
杉玉作りは“鮮度”が命!
今回お話をお伺いした熊﨑惣太さんは、岐阜県下呂市・飛騨萩原にて杉玉作りを手がける杉玉職人。熊﨑家は「高林」の屋号で代々農林業を営んでおり、熊﨑さんが九代目にあたります。
熊﨑さん 熊﨑家で杉玉作りを始めたのは昭和60年頃、ちょうどその頃に日本酒ブームがあり、酒蔵でも杉玉を替えていこうと天領酒造の先々代から父に「杉玉を作ってほしい」と頼まれたことがきっかけと聞いています。
材料は「杉の葉」と「針金」のみ
杉玉の材料は「杉の葉」と「針金」の2つのみ。美しい緑色の杉玉を作るためには、杉の葉の鮮度が重要と熊﨑さんは話します。
熊﨑さん 杉玉を作るためにはとにかくたくさんの杉の葉が必要になります。小さなものでも軽トラック半分ほど、大きなものになると軽トラックで3杯分の杉の葉を集めなければなりません。杉の葉はいったん枝から落とすとどんどん色が変わってしまうため、杉玉を作る日に合わせて山に入って杉の葉を集める必要があります。最近は気温が高く、変色の進みも早いので大変です。
普段は山に入って倒した杉の木から葉を集めていますが、需要が増える10~12月頃には近くの林業者から間伐した枝などを持ってきてもらうこともあります。もともと捨てる部分である杉の葉が材料として活用できることで、杉玉作りが森林を守る事にも繋がっていると感じています。
杉の葉を集めると、その中から杉玉に使える葉を選別します。熊﨑さんによると「色が良く、しなやかな葉」が杉玉作りには適しているとのこと。先端部分の葉は硬いので使いづらいそうです。
杉玉作りは3ステップ
葉の選別が終わったらいよいよ杉玉作り。まずはより分けた葉を、針金で括って束にします。この束にするときの出来によって、きれいな杉玉が出来るかどうかが決まってくるそうです。
熊﨑さん 杉玉作りの中で一番時間がかかるのが杉の葉を束ねる作業です。杉の葉も個性がありますので、太いものと細いもの、硬いものと柔らかいものを混ぜ合わせながらしっかりとした束にしていきます。ここでいかにきれいな束を作るかが大事なポイントですね。しっかりした束ができれば型に組み込むときにも楽になります。
杉の葉を束ね終えると、針金で出来た型に組み込みます。この型ももちろん手作り。型は杉玉の大きさに比べるとかなり小さく、中心までしっかり杉が組み込まれることがよく分かります。
型に杉の葉を組み終えたら、剪定ばさみで刈り込んで形を整えます。
熊﨑さん まずは外周を刈り込んで円筒状にし、そこから全体を球状に整えていきます。最初に円筒状にするときに出来るだけきれいに整えるのが大事ですね。切ったところからすぐに酸化して色が変わっていくため、杉玉が出来上がったらすぐに出荷します。
熊﨑さんによると、杉玉のサイズは直径30cm~80cm程度のものが一般的とのこと。熊﨑さんは大きい杉玉でも杉を束ねるところから完成まで丸2日ほどで仕上げるそうです。このスピードもまた、美しい緑色の杉玉を作るための秘訣です。
もう一つ、熊﨑さんに教えて頂いた意外な秘密が「杉の葉の束を型に組み込んだら、杉玉を下に降ろせない」ということ。ほぼ全てが杉の葉で出来ている杉玉は下に降ろすと形が崩れてしまうため、出荷の際にも吊して運ぶ必要があります。遠方への配送の場合にもダンボール内で浮いた状態になるよう梱包されるとのことです。
熊﨑さん 杉玉作りに必要となるのは時間と手間と根気。ここをクリアすればなんとかなります。難しいポイントは「納期に合わせて作らなければいけない」ということでしょうか。杉の葉はどんどん色が変わるため作り置きができませんが、酒蔵で杉玉上げを行う日は決まっているので納期厳守は絶対です。特にこの時期はたくさんの注文が入るため、きちんとスケジュールを見ながら一番良い状態で杉玉をお届けできるようにすることが大切です。
天領酒造での杉玉上げ
こうして熊﨑さんが作った杉玉は酒蔵へと届けられ、新酒の出来上がりとともに掲げられます。熊﨑家が杉玉作りを手がけるきっかけとなった天領酒造でも、毎年11月に「杉玉上げ」を開催。2024年は、11月2日に杉玉上げが行われました。
今回の杉玉上げはあいにくの雨模様。それでも、地元はもちろん県外からも多くのお客さんが天領酒造へと足を運び。杉玉上げの様子を見守ります。
新しい杉玉を軒先へ上げる前に行われた神事では神主さんにより厳かに祝詞が上げられ、祈りが捧げられます。
神事が終わると、蔵の人たちが力を合わせて軒先の杉玉を新しいものへと交換。杉の良い香りが軒先にふわっと漂っていたのが印象的でした。
無事に新しい杉玉が上がった後は新酒が振る舞われ、参加者全員で乾杯です。
天領酒造の九代目を受け継ぐ上野田又輔さんによると、今回が代替わりしてから2回目の「杉玉上げ」とのこと。新しい杉玉に変え、目に見えて変化が分かる「杉玉上げ」は酒蔵の文化としても大切であり、気が引き締まると話されていました。
杉玉上げが終わると、今シーズンに仕込んだ最初の日本酒が記念酒として発売。上野田さんによると、昨年のものよりも度数を抑えて軽めに仕上げたもののしっかりと味わいがあるお酒となり、これから目指したい方向性である「食中酒として飲み飽きない」のお酒になったとのことです。新酒を待ちわびていたファンも多く、一度に10本以上を“箱買い”するお客さんの姿も多々ありました。
吊された杉玉は1年間にわたって徐々に色が変化。この色合いの変化が新酒のフレッシュな味わいからゆっくりと熟成されていく、季節ごとの日本酒の味わいの変化の象徴ともなっています。ちなみに1年間軒先に吊されて役目を終えた古い杉玉は飲食店に譲られ再び飾られるとのことです。
杉玉作りが山を守る
日本酒造りの世界において杉はなくてはならない存在。かつて仕込みに使われていた木桶はもちろん、現在でも麹蓋や樽などに杉が多く使われています。熊﨑さんによると、杉玉造りは日本酒造りを支える杉を守っていくことにも繋がっていると言います。
熊﨑さん 熊﨑家では代々林業を営んできましたが、林業を取り巻く環境は正直厳しいです。その中でも、杉玉作りを手がけることによって山から収入を得ることができます。そうすると、山に入る機会が増えて、山の活用にも繋がるんですね。このように杉玉作りを行っていることが、山の荒廃を防ぐことにも繋がっていると感じます。
自身もお酒が大好きで、唎酒師の資格も所有しているという熊﨑さん。いつか酒販免許を取得して飲食店や酒販店とは違った「杉玉職人セレクト」の日本酒販売も手がけたいと話します。また、将来的には杉玉作りを一から体験しながら「暮らしを自分で作る」ことの楽しさが感じられるようなこともやっていきたいとのこと。飛騨の杉玉職人・熊﨑さんのこれからの取り組みにも注目です。
杉玉を購入するには
熊﨑さんの杉玉は、高林のWebサイトから注文可能。年間を通じて注文を受け付けていますが、秋の需要期は酒蔵向けの納品が大変混み合うため請けられない場合もあるとのことです。スケジュールに余裕を持って、早めからお問い合わせいただくことをおすすめします。
熊﨑さん 最近では飲食店や酒販店でも杉玉を上げるところが増えてきました。年末や年始に合わせて変えたいというお店もあります。毎年きちんと変えているお店は、お酒にもしっかりと向き合っている印象ですね。形がきれいな杉玉は「良い店」の証になっていると思います。
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