地球の裏側・南米での日本酒事情とは? ~チリ共和国「カタドールコンペティション」が2024年11月に開催予定
チリ共和国で開催されている「Catad’Or Competition(カタドールコンペティション)」は、ワイン生産国であるチリのワインを中心とした南米で最も影響力のある鑑評会です。1995年からスタートし、2021年からは「日本酒部門」が新設されました。
その説明会が、7月4日(木)に日本酒造組合中央会会議室(東京都港区)で実施されました。当日は、コンペティションの概要だけでなく、日本酒輸出協会会長の松崎晴雄さんと、日本酒「南部美人」醸造元・株式会社南部美人の代表取締役社長 久慈浩介さんから、現在の南米市場の状況などについての講演がありました。日本酒部門が設立されて4年目となる2024年は、10月に出品酒の申し込み、11月に審査と結果発表が予定されています。
未来は明るい? なぜ南米の日本酒市場が有望なのか
株式会社SAKEマーケティングハウスの代表取締役であり、日本酒輸出協会の会長も務める松崎晴雄さんから、南米市場についての説明がありました。元々、カタドールコンペティション事務局が「日本酒部門を創設したい」という願望を持っており、その相談がジェトロ(日本貿易振興機構)を通じて松崎さんに寄せられたことが全ての始まりでした。「コンペティションを起点として、多くの日本酒を現地の人々に知ってもらい、チリでの日本酒文化を定着させたい」という願いから、出品や運営のサポートを行っています。有望性、現状と課題について紹介します。
南米の有望性について
1. 南米は親日
南米は現在、経済発展が続いています。2022年の中南米における経済成長率は3.6%(世界銀行調べ)とさほど高くないものの、日系移民が多く親日的で、日本文化に高い関心を持っていることから、日本酒への潜在的な需要が大きいと松崎さんは言います。ブラジルの日系人人口は約270万人で、これは世界最多です。ブラジルの総人口は約2億人なので、日系人人口は総人口の約0.8%を占め、ブラジル社会に大きな影響力を持っているといいます。
2. 南米は食材豊かで、グルメな土地
現在、日本のどこでも手に取ることができるトマト、ジャガイモ、サツマイモ、唐辛子、トウモロコシなどは、すべてペルーが原産です。世界で常食されている食物の約20%がアンデス原産であることは驚きです。さらに、シジャウ(醤油)という調味料もあり、太平洋沿岸では豊富な魚介類が有名で、日本酒とよく合う料理がたくさん存在します。
近年では、南米、特にペルーのレストランのレベルが高く評価されています。ワールド・トラベル・アワードの「World's Leading Culinary Destination(世界で最も美食を楽しめる国)」で、ペルー料理が11年連続最優秀賞に選ばれています。また、2023年6月20日に発表された世界的なレストランランキング「The World's 50 Best Restaurants(世界のベストレストラン50)」では、ペルーのレストラン「セントラル(Central)」が1位に輝きました。他にも多くの星付きレストランが南米に存在し、世界の食通が訪れたい場所となっています。
3. 公用語がスペイン語のため、流行が南米を駆け抜ける
ブラジルでポルトガル語が使用されていることを除けば、南米のほとんどの場所ではスペイン語が公用語として使われています。そのため、どこかの国で話題になったりイベントが行われたりすると、周辺国に拡散されやすいのは、日本酒文化を定着させたい私たちにとってメリットになります。
南米日本酒市場の現状
南米市場の現状
輸出金額でブラジルは第18位、数量では第15位となっています。前年から数値を伸ばしています(2023年財務省通関統計より)。チリやペルーも年々市場を拡大しています。ペルーだけでなく、南米全体で日本食レストランやフュージョン料理、現地ガストロノミーのファインダイニング(富裕層向けの高級レストラン)が成長しており、シェフたちは新たなペアリングの可能性に興味を持っています。これまではアメリカやEU経由で日本酒を輸入していましたが、新たなインポーターの出現により、仕入れのハードルがわずかに下がる兆しが見えています。
「現在の日本酒市場の成長を支えているのは、日系人ではなく、現地の富裕層や世界中からの観光客によるものが大きい」と松崎さんは言います。日系人の間ではまだ一級酒、二級酒が存在した時代の日本酒のイメージが強く、スーパーマーケットでは灘の酒を中心に売られています。しかし、世界中を飛び回り、美食・美酒に触れている人たちは、純米吟醸酒など比較的高単価な日本酒を新しい文化として楽しんでいるようです。
南米市場に進出する際の課題
1. 地理的な「遠さ」
南米で日本酒を広める際に一番のネックになるのは「遠いこと」です。最短でも25時間、トランジットを含めると30時間を要することもあります。そのため「日本酒とはどういうものなのか」「どんな日本酒がおいしいのか(どんな食事に合うのか)」などの情報が不足し、選択肢を狭めている可能性があります。
2. 高い関税&厳しい規制
たとえば、ブラジルで輸入販売される日本酒の小売価格は、高額な関税や国内で賦課される間接税などにより、日本の小売価格の約3~4倍となります。メキシコに日本酒を輸入する際にも、関税のほかに付加価値税(IVA)、税関手数料(DTA)、生産サービス特別税(IEPS)など多くの税金が課税されます。IEPSはアルコール度数に応じて税率が異なり、アルコール度数14度超20度以下は30%が課税されます(独立行政法人日本貿易振興機構HPより)。
また、ブラジルにアルコール飲料を輸出する際には、規制(制限品目、放射性物質検査)が毎回課されるため、多くのコストと時間が必要となります。
今後の展望
様々な課題が存在しますが、食の宝庫であり成長を続ける南米のレストラン市場にアプローチすることは、日本酒業界にとって必要なことでしょう。市場を拡大する際には、すでに現地で親しまれているワイン市場と協力して、プロモーションイベントを行うことが最善です。特に「カタドールコンペティション」が行われるチリは、スペインの植民地だった歴史を持ち、比較的古くからワインの製造が行われてきました。同じ醸造酒であることも含め、日本酒の造り方や魅力を伝えるために、ワインの力を借りるのが有効です。
酒蔵・蔵元の視点での南米市場について
次に、株式会社南部美人の代表取締役社長 久慈浩介さんが「チリの日本食レストランは私たちの日本酒を『長年待っていました』と歓迎してくれました。2024年だけで3回、南米に渡航します。それだけ南米には未来があります」と、自身がチリを訪れてプロモーション活動をした時の体験を語られました。
南部美人では、数年前からチリへの輸出を模索していた折、カタドールコンペティションに出品しました。2023年に最優秀賞を受賞した後、チリ在住で唯一の日本人が経営する日本酒輸入会社、ハロスール社と契約しました。ハロスール社は現地で唯一、日本酒の保管に精通しており、冷蔵輸送し、冷蔵庫で保管する体制を整えています。
チリの和食レストラン事情
久慈社長によると、チリの首都サンティアゴには200以上の和食レストランがあるといいます。「人気レストランは料理の品質が高く、日本国内と遜色がないほどなのに、日本酒の選択肢は少なく、流通量も少ない」と、久慈社長は懸念しています。
「チリを訪れた時、現地レストランの人たちから“よくぞ来てくれた、ようやく来てくれた”と感激されました。蔵元はアメリカやヨーロッパばかりに行きがちですが、今こそブルーオーシャンである南米やアフリカに足を運び、日本酒を飲んでもらい、どのようなものか説明し、想いや熱意を伝えるべきです!」と、明言しました。
「カタドールコンペティション」について
コンペティションスケジュール
申込期限: 2024年10月11日(金)
出品酒到着期限: 2024年10月18日(金)
審査期間: 2024年11月11日(月)~11月13日(水)
授賞式と結果発表: 2024年11月23日(土)
審査部門
①World Wine Awards:ワイン、日本酒
※まだ日本酒出品点数が少ないため、特定名称別の部門分けはありません。
②World Spirits Awards:焼酎、ジン、ウォッカ、ラム、ピスコ、リキュールなど
審査方法、審査員
全てブラインドでテイスティングが行われ、ワイングラスを使用します。1グループ5〜6名で構成され、各自テイスティングした商品に対して、点数を付け、審査員間で点数に乖離があった場合、グループ内でディスカッションを行い、最終的な点数を決定します。審査は1回のみ。
審査委員はチリ人を中心とした北米、欧州などでワイン業界に精通したソムリエ、ワインメーカー、バーテンダーの方々などが務める。(昨年の実績:18カ国から計69名が審査員として参加)2024年は新たに松崎さんと酒サムライである太田ファビオ氏(ブラジルインポーター)も審査員に加わる。
受賞方式
最高金賞: 特別金賞の中から最高点を獲得した商品が最高金賞酒として表彰される。
特別金賞: 93点以上
金賞: 89点〜92.9点以下
銀賞: 85点〜88.9点以下
申込方法
- 酒蔵自身で申し込み・出荷手配→公式HPよりオンライン登録
- Be-Bridger株式会社を通じて出品
Catad’Or Competition 公式HP https://catador.cl/?lang=en
カタドールコンペティション受賞情報 日本国内プレスリリース https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000107829.html
おわりに
南米市場の現状は、まだ南米の6か国ほどを合わせて、ようやく347㎘の輸出量です。2023年の全体輸出量は29,196㎘で、1位がアメリカ(9,082㎘)、2位が中国(7,388㎘)、3位が韓国(4,054㎘)、4位が台湾(3,076㎘)と、並べてみるとまだ額は小さいものです。しかし何事にも始まりがあります。
地球の裏側、南米で多くの人が日本酒に出会い、私たちと同じように盃(グラス)を傾ける様子を想像するだけで心が躍ります。それだけでなく、南米のファインダイニングや和食レストランのドリンクリストに“日本酒”が載ることで、現地のワインやその他の酒にプラスして選択肢が増え、人々の食卓がより豊かになることを信じてやみません。食事と合わせることでさらに真価を発揮する日本酒が、一人でも多くの人に感動的なペアリング体験を提供することを心から願っています。そのきっかけとなるであろうカタドールコンペティションの結果には、注目したいと思っています。
2021年~2023年 受賞情報
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