世界中を日本酒で笑顔に 伝統と革新で挑戦を続ける「四海王」福井酒造 ~ SAKETOMO的酒蔵見学・愛知編⑩
訪問したのは、愛知県豊橋市にて酒造りを行っている福井酒造株式会社。明治末期に県の東南端・渥美半島で創業した後、戦後に豊橋へと移って酒造りを続ける東三河の歴史ある酒蔵です。
今回は、5代目蔵元である代表取締役社長・福井知裕さんにインタビュー。伝統を受け継ぎながらも新たな技術を積極的に取り入れる福井酒造の酒造りについてお伺いしました。
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お話を聞いたのは福井酒造株式会社 代表取締役社長 福井知裕さん
「四海王」酒造株式会社(愛知県豊橋市)
公式Webサイト https://www.fukui-syuzo.co.jp/
渥美半島から豊橋へ、時代に合わせて変化を続けてきた福井酒造
福井酒造は1912(明治45)年に渥美半島の福江町(現愛知県田原市)にて酒造業をスタート。福井社長の曾祖父にあたる初代・福井盛太郎氏が、江戸時代に福江町一帯を治めていた大垣新田藩陣屋跡の家紋入りの井戸から汲み上げた水を使い、酒造りを始めました。
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創業者である初代福井盛太郎氏と、妻の木像
その後、福井酒造は1952(昭和27)年に現在の場所である豊橋市へと移転。これには、物流網の発展を見通した選択があったと言います。
福井社長 東名高速道路や現在の国道259号線が整備されることとなり、商圏を広げる目的から現在の場所である豊橋への移転を決断したようです。このあたりは陸軍18連隊の訓練所となっていた国有地の草原だったのですが、当時は食糧難の時代ということもあり「酒を造らずに食用の芋を作ってほしい」とも言われたそうです。そこから様々な交渉を経て、国有地の4000坪を譲り受けて酒蔵を移転しました。
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現在の福井酒造株式会社
「縁」と「運」。日本で唯一の中国人杜氏・王さんとの出会い
現在の福井酒造で日本酒造りを担っているのは、中国・北京出身の王砿生さん。日本で唯一の中国人杜氏である王さんとの出会いには、豊橋という土地が結んだ縁がありました。
福井社長 福井酒造では、1993年頃から社員杜氏を育成する取り組みが始まったのですが、その頃に前社長が海外での日本酒造りのチャレンジも行っており、中国で酒造りを指導できる人材を探していました。豊橋市には中国との縁が深い愛知大学があり、そのつながりで紹介頂いたのが王さんです。
北京にある大学の事務長を務めていた王さんは、奥様が愛知大学の客員教授として招かれたことをきっかけに来日。その後、福井酒造へと入社し、新潟県柏崎市から来ていた杜氏の下で酒造りを学びます。
福井社長 当時の杜氏は、最初は「酒造りを理解できるのか?」と疑問に思っていたようです。しかし、王さんは凄く真面目な性格で、杜氏の後ろについて学んだことを中国語でメモをとり、さらに奥さんに日本語へ訳してもらって確認するといった形で一つずつ酒造りを学んでいきました。そうした王さんの姿勢を見て杜氏も「この人ならやれるかも」と思ったようですね。3ヶ月経った頃には、日本酒づくりのイロハを学び取っていました。
その後、子育てなどのために福井酒造を離れていた王さんですが、5代目である福井さんが社長に就任するタイミングで復帰。日本唯一の中国人杜氏として、福井酒造の日本酒造りを担っています。
福井社長 2015年に私が社長に就任する際、これからの酒造りを一緒に担ってくれる杜氏を探していました。そのタイミングで、ちょうど王さんから連絡があったんです。話を聞いてみると子育てなども一段落したとのことだったので、「王さん、もう一度日本酒を造らない?」とお願いしました。これこそが、ご縁と運の賜物だなと感じています。
現在は、王さんの下に2名の若者が蔵人として加わり、酒造りに参加しているとのこと。福井社長は、ぜひ王さんから酒造りの技術を学んでほしいと期待を寄せていました。
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福井社長(一番左)、王杜氏(左から3番目)、若き2名の蔵人が福井酒造の日本酒造りを担う
日本酒造りの伝統を守りながら、新たな技術にも積極的に挑戦
110年以上にわたり酒造りを続けてきた福井酒造。伝統の技法を大事にしながらも、日本酒市場の変化に合わせた革新的な取り組みを次々と行っています。最大の特徴が、独自に開発した「FOP式酒造システム」による酒造りです。
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FOP式酒造システムで使われる液化装置
福井社長 「FOP式酒造システム」は1984(昭和59)年に当社が独自に開発した機械仕込みの日本酒醸造システムです。FOP式の開発が行われた昭和の終わり頃は日本酒の需要がだんだん減ってきており、さらに出稼ぎで来ていた杜氏の高齢化が進んでいました。このままでは将来的に日本酒造りを続けていくことが難しくなるかもしれないという危機感から、前社長である父が狭い場所でも少人数で効率よく日本酒を造れる方法はないかと開発したのがこのシステムです。
最大の特徴は「お米を蒸さずに煮る」こと。お米に液化酵素を加えて温めながら溶かして液体にすることで、場所や労力がかかる放冷作業が不要となり、タンクへの移し替えもパイプラインで行うことができるようになりました。機械仕込みといっても味に劣るわけではなく、過去にはFOP式で仕込んだ日本酒が品評会で金賞を受賞したこともあります。
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タンク内には羽根がついており、米と水を温めながら撹拌する
FOP式酒造システムでの酒造り行う一方で、伝統的手法による日本酒酒造りも継続。その中でもコンパクトなスペースの中、少人数での酒造りが出来るよう様々な工夫が見られます。
蒸米の工程に使われるのは「小釜」と呼ばれる小型サイズの甑(こしき)。小釜は蔵内に設置されたクレーンで吊るすことができるようになっており、蒸し上がった米を甑ごとクレーンで吊り上げて2階の作業場へ運び入れることができるようになっています。
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クレーンで吊り下げられる甑は福井酒造ならではの光景
福井社長 酒米には主に山田錦、夢吟香、夢山水を使っています。夢吟香は豊橋の農事法人や農家さんに作っていただいている豊橋産のものです。酒米は風に弱く、風が強い豊橋での栽培は他の地域より難しいのですが、その中でも農家さんたちの力を借りて作っていただけています。山田錦は主に兵庫県産のものを使っており、一部の新ブランドでは愛知県産のものも使っています。夢山水は奥三河産です。
仕込み水は約100mの深さまで掘った井戸から確保しています。現在の酒蔵を新設する際に井戸を新しく掘りましたが、50mほどで豊川の伏流水が湧き、さらに50m掘り進めたところ今度は天竜川の伏流水が出てきました。これらの良質の水を1本の井戸から一緒に汲み上げて仕込み水として使っています。
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伝統的な手法による酒造りも継続
また最近活用が始まったのが、もろみの発酵状態をリアルタイムで詳細に分析できるシステム「もろみエール」。名古屋国税局が開発した「もろみエール」を活用することで、科学的な根拠に基づいた精密な酒造りができるようになったと言います。
福井社長 王さんは非常に真面目な性格で、これまでも自分で開発したシステムを使って酒造りの管理を行っていました。そうした中、名古屋国税局から紹介された「もろみエール」を試したところ、非常に素晴らしいシステムだということで採用しました。王さんが培ってきた酒造りの技術を、「もろみエール」を使いながら次世代に継承していければと思っています。
福井酒造の日本酒「四海王」
福井酒造が受け継ぐ日本酒の銘柄名は「四海王」。海に囲まれた渥美半島で生まれた日本酒らしさ満点の銘柄名です。「四海」は中国の言葉では「世界、天下」という意味もあり、日本列島を代表する酒として世界を目指していきたいという思いも込められています。
「四海王」の全体的な特徴についてお聞かせください。
福井社長 福井酒造は越後杜氏の技を受け継いでおり、現在も淡麗な味わいが基本的な方向性となっています。全体的には、淡麗辛口よりは「淡麗旨口」というイメージです。
四海王 純米酒 福
福井社長 「四海王 純米酒 福」はスッキリしていながら米由来の旨味もしっかりとあり、晩酌にぴったりな日本酒です。キリッと冷やして“そば屋の出し巻き玉子”と合わせていただくと最高ですね。出し巻きでお酒を堪能した後、〆でずずっとソバをすすりたくなるようなお酒です。
四海王 純米吟醸 真
福井社長 「純米吟醸 真」は、兵庫県産の山田錦を100%使用した純米吟醸酒。青リンゴのような香りがありますが、食事の邪魔をするほどの香りではなく、むしろ食欲を促してくれます。米の優しい味わいと奥ゆかしい含み香、そして後味のキレの良さが自慢です。
相性の良い食べ物は、キンメダイの煮つけ等、味の濃いものから、サッパリとしたもずく酢などにもバッチリ。ワイングラスに入れて、一升瓶片手に大勢の仲間とワイワイとやるのにもってこいのお酒です。
四海王 純米大吟醸 極
福井社長 「四海王 極」は年間200本限定で生産している日本酒です。兵庫県産の山田錦を40%まで精米し、王杜氏を中心とした蔵人チームが最も心骨を注いで作られた渾身の純米大吟醸酒から、中汲みの中の中汲み、すなわち一番いい部分だけを取り出して瓶詰めしています。香りが立っていながら嫌味は全くなく、繊細な味わいでほろっと酔えるお酒です。ぜひお酒と向き合ってそのまま楽しんでいただきたいです。
四海王 杜氏の野望 夢吟香
福井社長 豊橋産の夢吟香を40%精米して仕込んだ純米大吟醸です。青リンゴを思わせるような上品な香りがあり、ほどよい甘味とキレの良さが特徴で、杜氏の狙い通りの仕上がりとなっています。こちらもお酒単体で、冷やか冷酒で楽しんでいただきたいお酒です。
新ブランド「蝉蔵CICADA」
福井社長 新たな100年を目指して開発した日本酒ブランドです。最初に誕生した緑色ラベルの「CICADA 01」は瓶内二次発酵による本格的なスパークリング日本酒。アルコール度数8%で甘酸っぱい味わいが特徴となっています。息子が飲んだ時に「最高に美味しい」と言われたのが今でも印象深く残っています。デザートと合わせて楽しんでもらえるお酒となっており、特にチーズケーキとのペアリングが抜群です。
黒色ラベルの「CICADA 02」と赤色ラベルの「CICADA 03」は愛知県産の山田錦を使っており、02は精米歩合50%、03は精米歩合40%で仕込んでいます。黒色ラベルの「CICADA 02」の精米歩合は大吟醸相当ですが、「本当に醸して造ったお酒」ということからあえて「本醸造」としています。
世界中の人たちを笑顔に 伝統と革新で日本酒の未来を切り拓く
日本酒造りの伝統を受け継ぎながらも、革新的な技術を積極的に取り入れてきた福井酒造。2024年には、若い人たちに日本酒に親しんでもらうきっかけとするべく、日本酒の味わいを「表情」で伝える「日本酒表情図鑑」を発表しました。
福井社長 「蝉蔵CICADA」を子どもたちとお酒を飲んだ時に、「めちゃめちゃおいしい!」とものすごく良い表情を見せてくれたんですよね。そのとき、飲んだときの“表情”で日本酒を紹介したら、日本酒に詳しくない人たちにも美味しさが伝わるんじゃないかなと考えました。特に若い人たちの日本酒の入口になればと思っています。
今後は国内だけではなく、世界に目を向けて日本酒を広めて行きたいと考えています。
福井社長 日本酒はワインに並んで世界に誇ることができる醸造酒です。福井酒造ではこれまでもアメリカやスイス、台湾、東南アジアなどに販路を広げてきましたが、日本酒に注目が集まっている今のチャンスを生かし、アジアを中心とした世界中の国々に日本酒の取り扱い方や飲み方を広めたいと思っています。
その一環として、ベトナムに現地法人を設立しました。当面はベトナムやASEAN地域への販売拠点としていきますが、いずれは「ベトナム生まれの、ベトナムの料理に合う、ベトナムの日本酒」を造りたいと思っています。お米のあるところなら日本酒は造れます。日本人以上に日本人らしい杜氏である王さんの心を受け継ぐ、第2・第3の王さんを育てていければと思っています。
「造り手である杜氏と伝え手である蔵元が二人三脚のチームとなり、日本酒を通じて世界中の人たちを笑顔にしたい」と話す福井社長。「四海王」は海を越えて、世界中の人たちの笑顔にしていくことでしょう。
福井酒造株式会社をもっと知りたい人のための直売所・酒蔵見学・イベント情報
直売所 営業時間 9:45~17:00/定休日 土日祝(詳しくはWebサイトにてご確認ください)
取扱店舗 豊橋市内を中心に、小売店・酒販店等で販売
オンラインショップでも購入可能
酒蔵見学 事前の電話予約にて対応(600円、カップ酒・マスク・帽子付き)
イベント 毎年3月第1土曜日に蔵開きを開催
イベント情報の詳細は福井酒造株式会社のWebサイト及び公式SNSにてご確認ください。
公式Webサイト https://www.fukui-syuzo.co.jp/
公式facebook https://www.facebook.com/profile.php?id=100063672185774
公式instagram https://www.instagram.com/fukui_syuzo.1912/
公式TikTok(日本酒表情図鑑) https://www.tiktok.com/@shikawprroj
福井社長 豊橋には、豊橋総合動植物公園「のんほいパーク」や二川陣屋、昨年改装された豊橋市美術博物館など見どころがたくさんあります。グルメでは、菜めし田楽の老舗「きく宗」がおすすめですね。「きく宗」では四海王も楽しんでいただけます。
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