「楽の世」丸井合名会社 強烈な個性で日本酒愛好家の間で人気急上昇中 ~SAKETOMO的酒蔵見学・愛知編⑥

愛知県北部にある江南市の街道沿いで江戸時代中期から酒造りを営んできた丸井合名会社。芳醇濃厚で個性的な味わいの酒として愛好家たちの間で近年急速に評価が高まっている日本酒「楽の世」の蔵元です。 

現存する酒蔵の中では愛知県内で5番目に古い老舗中の老舗。しかし、酒造りの歴史の波に揉まれ、一時は「楽の世」を知る人がほとんどいなくなってしまっていました。今回の「SAKETOMO的酒蔵見学」では、蔵元兼杜氏として酒造りを受け継ぐ丸井合名会社の蔵元兼杜氏・村瀬幹男さんに、「楽の世」再興の決断から現在に至るまでの道のり、そして新しい時代に向けた酒造りへの思いについてお伺いしました。

  • 丸井合名会社の蔵元兼杜氏8代目・村瀬幹男さん

    お話を聞いたのは、丸井合名会社の蔵元兼杜氏8代目・村瀬幹男さん

「楽の世」丸井合名会社

現存する酒蔵としては愛知県内で5番目に古い「楽の世」丸井合名

丸井合名会社の創業は江戸中期に当たる1790(寛政2)年。日本史の教科書でいえば松平定信が寛政の改革を進めていた頃に当たります。酒蔵がある江南市布袋町は名古屋城下と犬山を結ぶ栁街道(岩倉街道)が通り、江戸から明治期にかけては尾張北部の中心街の一つとして栄えた街。街道沿いという地の利を生かして日本酒や味噌・醤油などの醸造も盛んに行われていたそうです。

  • 楽の世外観

    かつての「栁街道」に面した場所にある丸井合名会社 近隣にも古い木造建築が建ち並び往時の面影を残す

現在蔵元兼杜氏として酒造りを受け継いでいるのは8代目にあたる村瀬幹男さん。高校卒業後に海洋系の大学に進学し、生物学を学んでいたそうです。

村瀬さん

小さい頃から自分の好きなことをやらせてもらいました。生物学は酒造りに直接は関係ない分野でしたが、水質や温度によって生物がどのように変化するかといったような大学で学んだことは少なからず役に立っているのかなと感じます。

村瀬家の長男として生まれた幹男さんは、子どもの頃から「跡継ぎ」として扱われていたこともあり、いずれは自分が蔵を受け継ぐと思っていたとのこと。大学を卒業した後そのまま家業に入り、国税庁の醸造研究所や関係が深かった酒造会社「剣菱」(兵庫県)で酒造りを学びます。しかし、家業に入ってだんだんと現実が見えてきたときに、一つの思いが浮かびはじめます。

村瀬さん 「あれ、この商売この先大丈夫か?」と感じるようになりました。蔵から上がる煙の量も年々減っていましたし、自社ブランドの酒も近所の飲食店に数軒卸していた程度でほとんど出ていない、このままでは定年まで持たないぞと。

  • インタビュー中の村瀬さん

8代目が「楽の世」を再興させた理由とは

「楽の世」の出荷が減ってしまっていた理由は何だったのでしょうか?

村瀬さん その頃は剣菱への桶売り(※)がメインとなっていたからです。小さい頃に見ていた出荷の光景もタンクローリーに積んで運んでいくという形でしたし、近所でも自分のところのお酒を見たことはなかったです。 

※製造した日本酒を販売容器に詰めずに、主に原酒のまま大手酒蔵に売ること。

 大学生になっても自分の蔵のお酒を飲めるお店が無かったですし、友人からは「冬の間あんなにお酒造っているのに、どこにもないじゃん」と言われたこともありました。そうした言葉に自分としても違和感は持っていましたが、そういう商売だから仕方が無いとも思っていました。 

20代から30代の頃は杜氏さんや蔵人さんたちと一緒に酒造りをしていましたが、造っている酒も剣菱向けですし売り先も剣菱だけでしたので、世の中のブームなどに意識を向けることはありませんでした。酒販店やユーザと話す機会もなかったですし、そもそも流行を知ろうとする感覚がなかったんです。 

ただ、今となってみると、結果として流行に流されることがなかったのは「楽の世」にとって良かったのかなとも思っています。流行に流されていたら、個性がなくなり埋もれてしまっていたかもしれませんしね。

戦後から高度成長期にかけての時代背景があってということですよね

村瀬さん そうですね。酒蔵の中では20年遅れぐらいで昭和が残っていたかもしれません。剣菱との関係もあって但馬杜氏(※)や蔵人に来てもらっていたので、冬時期は言葉から食文化まで蔵の中はすっかり但馬地方になっていました。おかげで自分も但馬弁を話せるようになりましたね。 

※兵庫県北部を拠点としていた杜氏。杜氏とは酒造りの最高責任者のこと。

 また、当時はまかないのおばちゃんも但馬地方から来ていらっしゃって、自分たちで作った野菜を秋の蔵入りの際に一緒で運んできていました。野菜のおいしい食べ方をよく知っていらっしゃって、肉無しでもご飯をバクバクいけるぐらい美味しかったのを覚えています。

  • 蔵の中の台所

    酒蔵には但馬から杜氏や蔵人が来ていた時代に使われていた台所が今でも残る

「桶売り」を辞めることを考え始めたのはいつ頃からだったのでしょうか?

村瀬さん 桶売りは言ってみれば受注生産なのですが、契約数量は年々減っていっていました。自分が最初に入った時には2トン仕込みで30本近い契約数量がありましたが、毎年2本減り、3本減りとだんだん減っていくのを見て、「ああ、桶売りは何年も続かないな」と思いました。そうなると廃業するか、自社ブランドで頑張るかという2つの道しかないわけですが、ちょうどその頃、現在に繋がる二人の方との出会いがありました。

一人は、私が子ども時代に但馬から来ていた蔵人の方です。うちの蔵に来ていた但馬の皆さんは年配の方が多かったのですがこの方は当時30代と若く、出稼ぎとしてうちで酒造りを行っている間にご縁があって、こちらで結婚されました。結婚後は本職である左官屋さん一本でやっていらっしゃったのですが、うちでの酒造りをもう一度手伝ってもらえないかとお声がけしたらお引き受け頂く事ができました。冬の間だけ手伝ってもらっています。 

またもう一人、別の蔵で酒造りをやっていた杜氏さんとの出会いも大きかったです。ハローワークの求人を見て応募頂いたのですが、バリバリの経験者だったのでとても驚いたのを覚えています。この杜氏さんは私と同世代なのですが、以前の蔵でも個性的な酒を醸すことで有名な方でした。さらに杜氏として酒造りを担う一方で営業もやっており、東京の酒販店さんとも懇意にされていたのも大変心強かったです。ほぼ桶売りしかやってこなかった自分たちには酒販店へのルートが全然なかったのですが、この方を通じて発信力のある酒販店さんとご縁がつながったことで「楽の世」を扱ってくれるところを少しずつ増やしていくことができました。 

令和元年度が剣菱への桶売りの最後の年となりましたが、お二人がいたこのタイミングだったから自社ブランドの再興に向けて舵を切ることができたと思います。現在は蔵元兼杜氏として私が中心となり、ピーク時には4名で酒造りを行っています。 

  • 蔵内にずらりと並んだ仕込みタンク

    蔵内にずらりと並んだ仕込みタンク

超個性派日本酒として人気急上昇の「楽の世」 オススメの飲み方は?

個性的な味わいで日本酒愛好家の間で人気急上昇中の「楽の世」ですが、どのような日本酒なのでしょうか?

村瀬さん 「楽の世」は昭和になってからの銘柄です。もともとは「阿ら玉」という銘柄で造っており、一時は「楽の世」と並行して造っていた時期もありましたが、現在は「楽の世」一本となっています。味わいとしては旨口で濃厚ながら、適度に酸もあってキレのあるお酒になっています。どれを飲んでも「楽の世」の味だと分かってもらえる、キャラの強いお酒です。

自分が香りの強いお酒があまり好きではないと言うこともあり、吟醸や大吟醸は造っていません。個人的にド定番を外したところが好きというところがあり、それも味作りに影響しているかもしれません。

  • 楽の世の樽

桶売りから「楽の世」再興へと舵を切った時に、味わいは変わっているのでしょうか?

村瀬さん  現在の「楽の世」は、剣菱への桶売りを行っていた頃の味から大きく変えていません。「楽の世」でやっていかなければならないとなった時に改めて思ったのが、「自分自身が美味しく飲める」ということです。世間の流行りのお酒ともかぶっていなかったですし、そもそも自分が好きな味でした。最後発の丸井合名が流行りのお酒を造ることに意味はないと考えていましたので、お酒そのものはいじらずにそのまま酒販店さんへ持って行っていました。 

昔の「楽の世」の味を知っているものはおらず、現在の「楽の世」は桶売り時代に剣菱の指導が入った味ではあります。といってもこれが「剣菱の味」というわけではありません。桶売りをしていた頃はある程度の酒質のオーダーはありましたが、むしろ剣菱からはその中でも「蔵の個性を生かして酒造りをしてほしい」と言われていました。

「楽の世」の仕込み水や米、酵母についてお聞かせ下さい。

村瀬さん 仕込み水は木曽川水系の伏流水を、地下40メートルの井戸から汲み上げて使っています。ミネラル分があるようで、子どもの頃は水を入れてストーブにかけていたヤカンの口が白くなっていたのを覚えています。 

酒米は全てで兵庫県産の山田錦を70%精米したものを使っています。「四段仕込み」の最後に入れる四段米のみ別のお米を使うこともあります。酵母は協会7号の泡ありのものを使用しています。

「楽の世」の仕込みの特徴についてもお聞かせ下さい。

村瀬さん 「楽の世」は全てのお酒について「山廃仕込み」「熱掛四段仕込み」「無濾過」で造っています。一般の酒造りは三段仕込みといって水と麹と蒸米を初日・3日目・4日目といったように3回に分けてタンクに入れることが多いのですが、これは雑菌が繁殖しないよう安全策のために行われているものです。一方で「四段仕込み」というのは、お酒を搾る直前にもう一度蒸米を入れる方法です。もともとは三段仕込みでお酒が辛くなりすぎるときに米を入れて味を調える目的で行われていたものですが、「楽の世」は四段を打つ前提でもろみを造り、全てのお酒で四段を打ってから搾っています。 

「楽の世」は、四段仕込みの中でも「熱掛四段」という蒸したての100度に近いお米を直接もろみに加える方法で酒造りを行っています。タンクの中にある麹の糖化酵素がお米のデンプンにはたらきかけることで糖を生み出し、お酒に旨味と甘味を加えてどっしりとした味わいを生み出しています。「楽の世」のアルコール度数が全体的に高めになっているのも、こうした造りの影響です。

  • かつて仕込みに使われていた木桶

    かつて仕込みに使われていた木桶

「楽の世」はどのような飲み方がおすすめでしょうか?

村瀬さん  食中酒として楽しんで頂きたいですね。どんな温度帯でも美味しく飲めるお酒ですので、気温や食べるものに合わせて変えながら楽しんで頂ければと思います。私は冬場などに電子レンジで温めて簡単に燗酒にして飲むこともあります。但馬杜氏が来ていた頃はヤカンにお酒を入れてストーブで直接温めていたこともありました。 

酒質としてもすごく丈夫ですので、常温で置いておいても悪くなるようなお酒ではありません。抜栓後の日数ごとの変化も楽しんでいただけるとうれしいです。

「楽の世」に合うおすすめのおつまみについてもお聞かせ下さい。

村瀬さん お客さんにもよく聞かれるのですが自分としては何にでも合うお酒と思っていますので、自分の好みで合わせてもらえれば良いと思います。「楽の世」は分析値上では酸が強いという結果がでており、その点では紹興酒やワインに近い部分もあることから脂のあるお肉系や中華などとも相性がいいです。味噌にも合いますので名古屋めし系も合うと思います。 

あえて合わないものを挙げるとすれば、薄味すぎるものではお酒が勝ちすぎるかもしれません。とはいえ湯豆腐にも合いますので、やはり自分の好みに合わせてもらうのが一番でしょう。度数が高いので夏の時期はロックで楽しんで頂くのもいいかもしれません。

「楽の世」が目指す場所は?

現在の「楽の世」のラインナップはどのようになっているのでしょうか?

村瀬さん ラインナップは純米と本醸造の2種類で、それぞれに生と火入れがあります。どちらも「フクノハナ」というお米を四段米に使っていますが、純米酒では地元江南で造られている「ゆめまつり」という食米を四段米に使ったものも販売しています。最後に入れるお米が変わるので、味わいも全然違うものになります。春先にはおりがらみも出荷しています。

 また、タンク1本分と少量になりますが郡上の棚田で栽培された山田錦を使ったものも造っています。

  • 棚に並ぶ楽の世

今後はどのような酒造りを目指されているのでしょうか?

村瀬さん 本音で言えば「なるべく種類は少なくしたい」が理想です。新しいのが出たぞ、ラベル違うのが出たぞということで飲んでもらうのではなく、種類は少ないけれども同じお酒をずっと続けて飲んでもらえたらいいなと思っています。 

その中でも棚田米を使ったり、四段米を変えてみたりという程度の範囲では取り組んでいきたいです。といっても、酵母を変えるというようなガラッと変えて違うお酒を造るというところまでは考えていません。 

万人受けするお酒だとは思っていないので、なるべく多くの人に試して頂いてその中から「これ好きだわ~」と気に入ってもらえる人が増えていくと良いなと思っています。

最後になりますが、改めて酒造りに対する思いについてお聞かせください。

村瀬さん 桶売りから「楽の世」へと舵を切って5年程が経ちましたが、まだまだ知名度も出荷量も少なく、心配事の方が多いです。量も増やしていきたいですが、そのためにも一緒に「楽の世」を造ってくれる人を探すのが当面の課題になると思っています。ここ数年は自分の考えでしか会社が動いていなかったので、人とともに新しい考え方を取り入れて行きたいですね。冬に働いたら春と秋にはまとまった休みが取れますので、酒造りや「楽の世」に興味がある方はぜひお声がけください。

  • 楽の世の看板

日本酒の新時代に向けて舵を切った「楽の世」

昭和から平成、令和へと時代が移りゆく中で、日本酒を取り巻く環境も大きく変化。その中で、かつては剣菱への桶売りを主軸として酒造りを続けてきた丸井合名会社でも、再び自社ブランド「楽の世」を再興し、独自の歩みを始めています。 

高度成長期という時代に合わせて行われるようになった「桶売り」ですが、一方では「桶売り」があったからこそ酒造りを続けてこられたという側面もあると感じました。復活から発展へと一歩進んだ「楽の世」、きっと今後も個性的なお酒としてますます愛されていくことでしょう。

丸井合名会社をもっと知りたい人のための直売所・酒蔵見学・イベント情報

直売所 営業時間 9時~18時、月曜休 

酒蔵見学 原則なし。コロナ禍前は布袋の街歩きイベントの際に蔵開きを行っており、今後もイベントが再開された場合には開催を検討している。

イベント情報は村瀬さんのインスタグラムにてご確認ください。

  • 楽の世外観

「楽の世」が購入できるお店

村瀬さん 特約店制度などは設けておらず、少量しか造っていないこともあって酒販店さんの中でも扱っている所は限られています。インターネットで検索頂ければ扱っていただいている酒販店さんが見つかると思いますので探していただければと思います。通販でも扱って頂いています。

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